大盛況プーケット日本人祭り [2005年06月25日(Sat)]

津波から半年を前にして、プーケットタウンのホテルにて、プーケット日本人祭りが行われた。
このイベントは、プーケットでの日本とタイの交流とともに、津波の影響で減ってしまったお客さんを呼び寄せようと企画されたものだ。
2月に一度行われ、今回は、2回目となるのだが、お客さんが前回の倍以上が押し寄せるという大盛況だった。
もちろん、津波で被災した、カオラックの子供たちや、タイの日本大使やプーケットの県知事などの招待客もいたのだが。バンコクの日本人関係者だけでなく、東京の江戸川区、神津島などからも、この会に出席した。
そして、なによりもたくさん来たのが、地元の人だ。
今回は、スポンサーから提供された、航空券、デジカメ、家電製品からバイクまで、超・豪華な景品目当てということもあったのだろうか。地元の人がバンバン来ている。
この豪華商品を見て、改めて、バンコクとそれ以外のタイの地域の経済格差を感じまた。ほとんど、現地人化している、日本人からすれば。日本人ということで、タイ人より給料が高いにしても、高嶺の花のようで、この賞品を目当てに、やってきた日本人も多かったようだ。そのため、日本人会に入っていない、日本人会の数倍いるかもしれない日本も、けっこうやってきていたようです。
いろんな店の出店や、関係する会社の模擬店なども出展して、とにかく、食べる、食べるという感じ。寿司から、金魚すくい、カキ氷店まで、いろいろ。
ちなみに、金魚すくいといっても、実際は、津波後に大量繁殖したグッピーだった。昨日の夜は、某所で金魚すくいのために、そのグッピーをすくうのに、必死になって作業をしてました。
また、写真撮影ブースも大人気で、富士山と桜の写った、幅5メートルぐらいの、大きなシートの前で、着物や法被を着て撮影するというもの。地元のプロのタイ人のカメラマンか撮影し、そのデータを、バイクで店に持っていて、そこで、出力をして、再び、バイクで持ってくるというしくみだ。
かなり、大判で出力されるので、出来上がりに満足しているようだった。
今回は、富士フイルムのサービスのアピールのために行われたのだが。背景に、富士とサクラが同時に写っている写真を使えたのは、サクラカラーがコニカカラーになり、さらに、コニカミノルタになってしまい。サクラのイメージがなくなってしまったから、出来たことかもしれない。
さて、舞台の上は、剣道や空手の演舞から、地元の日本語補習校の子供たちによるロックソーラン、観光施設から出前でやってきたタイの伝統的舞踊、神津太鼓、津軽三味線など、とにかく、にぎやかだ。
日本語補習校の子供たち、カオラックの子供たち、地元の子供たち全てにいえることだが、日本の子供より、とにかく元気なのだ。
舞台の上で、剣道の演舞をやっているとき、舞台の下では、子供たちがチャンバラごっこでにご執心。バコバコ叩きまくっていました。
こんな姿って、今の日本では、なかなか見れないですよね。
とにかく、誰とでも遊んでいる。
とはいいつつも、プーケットを襲っている、日本人観光客が来ないという、風評被害は、このイベントが終わったら、それを機に、プーケットから撤退しなければという事態にまで陥るまで、迫ってきている。
もし、プーケットから撤退したとなれば、この子供たちは、離れ離れになってしまう。
今回の日本人の祭りは、すべて、手作りで行われ、企画を進めていく中で、様々
な協力者が現れ、結果として、予想を超える2000人も動員するほど、大盛況となった。これは、住民のパワーの力強さを正直にあらわしているものだと感じた。
しかし、イベントで、モチベーションを結集しただけに、そのモチベーションを失った後が、少し心配だ。
とにかく、お客さんが戻ってくれば、この下がったモチベーションも、下がらずに済むのだが・・・

[CANPAN blog STILL ALIVE より]