プーケットでメディアについて考えさせられる [2005年07月02日(Sat)]

プーケットで、津波後の観光の風評被害について、いろいろ話しを聞いていると。マスコミに対しての不満をよく聞く。
最初は、津波の甚大な被害の映像を各社こぞって、放送したのに。実際、復旧したり、復興しつつあるところを、流してくれないという主張だ。
いろいろプーケットの日本人に証言を聞いていくと、話してくれた人の多くはは、記者たちは、いい人で、現状をよく見聞きして、取材しようとしているのだが、彼らに科せられた要望として、こういう絵が欲しいというものは、いつまでも、悲惨な映像だったりするので、がっくりしてしまうという話しが多かった。
つまり、取材に来た個人は恨んでいないが、流し方や、その後のフォローについて物足りなさを感じている。
だが、プーケットの日本人の多くは、小さいながらも経営者であることが多いため。メディア側の仕事の事情について、理解は示している。
だが、現実として、イメージがついてしまっているため、お客さんが戻って来ず。目の前から、お金が無くなってくる。何ヶ月も、家賃が払えない、生活が困ってくるという現象が起きてきているだけに、どうしても、メディアへの怒りが湧いてくるようだ。
その一方で、タイ人は、テレビに映るとか、そういうメディアに関わるのが好きみたいで。日本のテレビ局の人と会った話しとか、ハイヤーで、どこまで連れて行ったとか言う話しを、自慢げに話してくれる事も多かった。
以前、プラチャンタカームの町で、撮影をしていた時。日本からビデオを写しに来たという事で、町の市場は、いきなり、興奮の渦に巻き込まれた事があった。
町の役員が、市場を周りながら、町の良いところを録ってくれ、録ってくれと言う。
その数日後、バンコクの地下鉄の撮影でも、私は、バリアフリーの部分だけを撮影したいのだが、地下鉄の良いところを録ってくれ、録ってくれとうるさいほどだった。このときも、なんか、大名行列になっていた。
タイの最近の映画作品をいろいろ見て、タイでの映像の嗜好性について、研究もしているのだが。レポーターがマイクを持って、話しているところをビデオで撮っているシーンが、とても多く見られる。
日本も、昭和30年代40年代の映画やアニメでは、テレビが実況中継をしている表現が多かった。たとえば、ゴジラが町にやってきたとき、ニュースキャスターがいろいろ報道をするシーンがお約束のようにあったのだが。最近は、そのような表現が減ってきている。
刑事物でも、犯人が、自分の起こした事件について、テレビで報道されているものを見て、恐怖感をもつというシーンが多かったが。最近は、そういう表現が減ってきている。
かなりの大事件が起こっても、ニュースが報道するという描写がないというパターンが増えてきている。
これは、テレビや新聞などの報道メディアやマスメディアに対する、不信感や、日本人の信頼性が落ちていることが、原因かもしれない。
それに対して、タイ人は、マスメディアに対して、失望していないというか、期待をもって接しているように感じた。

さて、メディアといっても、いわゆるマスメディアのことだけではない。
この楽天日記などの、ブログもちゃんとしたメディアである。
こちらの方でも、面白い話しを聞けた。観光客が減り、毎日、職場に出なくて良いと言われ。空いた時間を利用したり。事務所にいても暇なので、最初はこっそりとということで。ブログを始めた所。それが、お客さんとの繋がりを作り。津波前まで、実績は全く届かないものの。プーケットに来てくれるお客さんを掴むことに成功している所も出てきているという。
確かに、小さいことだけど、確実に、成果を挙げつつある。

しかし、その成果も、やはり、今まで損をした分を取り返すだけの成果ではない。
メディアに乗れば、成果が出る実感を片一方で掴みつつあるのに。そのことが、マスメディアという大きなメディアに乗らない事で、成果が出てこないことへの怒りに繋がってしまうというようだ。

真実は、シンガポールから来た、観光客が言っていたように「自分で確かめてみるべき」なのかもしれないのだが。
いまだに、その真実を見ようと言う動機付けが出来ていないのが現状なのだろうと思う。
これは、日本では、ある面マスメディア・マスコミを信用しているからこそ、発生しているのかもしれない。
さっきは、映画での表現で、マスコミを取り上げるのが減ってきているのは、マスメディアに対する不信感と書いたが。
もしかすると、情報については信用したまま、そこで完結して。だから、アクションに移ることなく、どこか白けてしまっているという状態で、テレビや新聞を見たからといって、行動にならないから、映像として、ドラマとして面白くないから、映画やドラマでのマスコミ・マスメディアの表現が減ったのではなかろうか。

今回の、投稿で結論はでないが。
今の日本は、メディアとリアリティとの関わり方を見直し、メディアとの関わり方身につけていく必要があるのではないかと、考えさせられてしまった。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]