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戦火に巻き込まれなかった街にあるカフェ [2005年08月16日(Tue)]

戦火に巻き込まれなかった街にあるカフェ [2005年08月16日(Tue)]

大阪での打ち合わせがあり、梅田から少し離れたところにある、カフェに向かった。そこで合う方から「地元の人でも迷うし、奇跡のような所です」なんて、言われていたので、携帯電話のGPS機能を利用する。
以前、仕事や、音楽活動の都合で、あのあたりは、うろうろしていたのだが、近くにある小学校は知っていたのだが、今まで、入ったことのない路地を、GPSが指している。とにかく、細い路地を入ると、古い長屋がたくさんあり、そこに、何軒か、面白そうなカフェやお店が点在する、不思議なエリアがあった。
その中の一軒が「天人(あまんど)」という、コミュニティカフェだ。
ここは、古い空き家を活用しようという企画から始まったカフェで、築120年の民家を利用しており、出来てから4年が経過したそうだ。
ちょっと不思議で、なつかしい感じの空間だ。そして、昨日の凡愚とは少し違った、気持ちの良い雰囲気をもっている。
それは、ものを大切にする心だ。
このカフェも、古い空き民家を利用しているのだが。
実は、ここにある全てのものが、再生品を利用している。
しかも、全て、近所の人から不用品をいただいたものなど、無料でいただいた物である。
だから、釘一本も、伸ばして使ったりしているので、お金を使っていないという。
パソコンも、テレビも、CDも、蔵書も。全て、いただいたもの、言い換えれば「GIFT」されたものであるという。
装飾に使われている、不思議な穴の開いた紙は、古い織物を作る機械の西陣織りのパターンを記した紙である。これって、紙でこそあるが、再生装置が使えなくなった、不要なデジタル記録媒体である。
ここには、こういう、使えるけど、いらないものが、適度に集まってくる、空気があるのだ。
若い人が、面白いことをやっているのを、面白いと思ったということなのか、地域の方も、そこで、必要だと思われる、自分たちが不要なものを持ってきてくれたそうだ。
よく、大きな災害があると、救援物資を被災地に送るということがあるが。その多くは、相手のことを考えず、自分の思い込みでこれが必要だと思って実際には役に立たないものを送りつけるならまだしも、ただ単に自分が不必要なものを、これ幸い?かと、送りつけているという現状がある。
被災地で、援助物資の受付けを担当する人は、この送られてきた不用品の処理に奔走することとなる。
さて、話は、このカフェに戻るが・・・
このカフェの場所を貸し出したり、地域の方が必要なものをもってきてくれた背景には、60年前に戦火に巻き込まれなかったことがあるのではないかと思う。
大阪は、激しい空襲にあったにもかかわらず。この一帯は、お地蔵さんが多く、そのお地蔵さんに囲まれた地域だけが、戦災から免れ焼け残った。
その焼け残った有り難いところを、そこに住んでいる方が亡くなり。住む人が居なくなったことで、廃屋になり、取り壊してしまう事はもったいないから、新しく大切にしてくれる人を招き、その人に不要でも、役に立つものを提供しようという発想が出来上がったのだろう。
また、この家が出来てしばらくしてからの様子も住民から語り継がれていて。明治から大正時代の頃には、屋根裏部屋みたいな2階に8人の方が共同生活で暮らしていたそうだ。そして、いま、また、カフェという違う形での共同生活が始まっている。
こういう話が伝わっているところも、戦火に巻き込まれず、コミュニティが維持されたからできる話であり。そんな地域のコミュニティが、新しいコミュニティを取り込み。地域の伝承が続こうとしている。

カフェを出て、歩いて5分で、毎日放送とLoftがあるという都心に、古い民家を改装したカフェとそのカフェを支える地域の方、そして、そのカフェの魅力に取り付かれ、カフェを手伝っている方の、ものを大切にするコミュニティが存在するのだ。

天人

そこを訪れた人はすべて、天下人になる場所。
一人一人が自分の存在を思い出し、社会での役割を定めていける。
すべてが、この星の一部として機能し、いべてに還元されてゆく。
人生の時間が芸術となった時、その人は光り輝く。

幸せはその昔、与えられるものではなかった。
誰に与えられずとも、人それぞれが幸せ自体だったから。
人が大地と調和して、すべての人がそれぞれの道で天下人となったとき
人類は celestial being (天の人)になる。
Salon de AManTo 小冊子より

この天人では、そのほかにも、Cafe大学や、環瀬戸内海での展開など、様々なプロジェクトがあるので、またの機会に紹介したい。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]

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