新宿とプーケット [2005年11月04日(Fri)]

銀座でのプーケットのパネル展と、東京都北区の環境共生都市宣言の仕事が一段落をして、ふと、自分の足下を見てみた。
東京都北区の環境共生都市宣言用では、イベントを通じ、東南アジアの森林伐採や児童買春の問題を取り上げつつ、東京都北区とその問題を繋げ、さらには自分自身の健康とを繋げて、まちづくりをしてゆこうという一連のものだったのだが。
終わって数日が経つと、そういうメッセージを、見に来ている人に、与えるのが仕事だったとはいえ。自分自身がそのことを、自分の土地で行うという事を、おざなりにしていた事に気がつきだしたのだ。
免許の書き換えもあり、家の近くにある区役所の出張所に証明書類をもらいに行ったとき、住民係の隣のボランティアセンターの窓口が気になった。
そこには、新宿区ならではの、新宿区に住んでいる外国人向けのサービスがたくさん存在するということだった。
今は、東京の新宿区という都心に住んでいるが、改めて、新宿区というものを考えてみると、区民の10%は、外国人登録者であり、外国人登録をしていなかったり、住んではいないが、新宿区で働いている外国人がたくさんいる。しかも、中国、韓国、タイ、ベトナム、フィリピンなど、アジアの国を始め、多くの国の人が住んでいる。彼らは、新宿の飲食産業などを支えている重要な労働者なのだ。また、日本人をとってみても、地方出身者が多い。
私も、今回の運転免許の書き換えで、表面の表記が、住所は新宿区、本籍も東京都になったのだが、地方出身者というこでいえば地方出身者である。
それは、新宿とプーケットとくにパトンビーチのまちとどこか共通点が多いと感じられるのだ。
歌舞伎町は、バングラ通り的だし。ゲイやオカマもいるし。日本各地や世界各地の料理も食べることも出来る。高級ホテルから安宿まであるし。
新宿との大きな差は、海などの自然かもしれないという事ぐらい、共通点が多い。
また、ミャンマー人などは、タイに不正入国をした後、プーケットなどで働き、その後、偽造の書類などを使って、日本に潜り込み、新宿に滞在している人もいるという話しも聞いた。
この事に気が付いて、6月頃から、プーケットの津波後の経済問題を追いかけているのだが、なぜ、同じ津波の被災地とはいえ、インドネシアのバンダ・アチェには行かず、プーケットに足を運ぶようになったのかの理由の一つが解けてきた様な気がした。

書類を受け取ったあと、役所のボランティア窓口に、新宿区の外国人の対応についての話しを聞き、プーケットの津波後の話しをもとに、災害や事件後に、外国人を含めた地域住民がどうしてゆくのかを考えるイベントなどが出来ないかなぁと、思いつきで話したところ。いろんな、ところを紹介してもらった。
早速、その足で、その一つを訪問したら。今日、思いついたことなのだけど、検討してくれるというので、企画書を持ってきて欲しいと言われた。
なんと有り難いことだろう。
10月31日で、銀座でのパネル展の後、どうやって継続していくか、映画が出来たあと、どのようにして上映先を決めてゆくのか、課題が山積みなのだが、その山の一部が、切り崩される可能性が出てきたように感じた。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]