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エスニック文様の布の裏側 [2006年06月28日(Wed)]

エスニック文様の布の裏側 [2006年06月28日(Wed)]

異国情緒があったり、なんとなく自然とか大地とかと繋がっている感じのするエスニックな雑貨は、生活に潤いを与えるということで人気がある。特に、南国の雰囲気がする商品は、どこか涼しげで、夏場にはよく売れる。
しかし、どうも、このエスニック雑貨のいくつかは、多くの人が泣いている商品があるようなのだ。
私は、映像の撮影をきっかけに、タイの津波被災地の復興住宅を訪ね、そこで作られている民芸品を輸入販売を素人ながらで始めたこともあり。雑貨屋さんを廻ったり。店長さんに相談したりアドバイスをもらったりしているのだが。扱っている民芸品は、無名の民芸品なので、悩みは、手が込んでいたり、品質が良かったりするのに、買う人がその価値を安く見積もってしまうのだ。
その理由は、不当とも思える安い商品があるからなのだ。
たとえば、アフリカの伝統文様を模した布を、タイで生産し、日本で2000円以下で販売しているケースがある。
アフリカから輸入をすれば、この数倍の値段がつくから、送料の安いタイで複製品を作るのだが。ちゃんとした染め物の技術で作れば、現地価格で300-400バーツ(日本円で900-1200円)はしそうなものが、なぜか日本の店頭で2000円以下で売られているということは。送料とお店の利益の事を考えると、ただ同然の安い値段で作っているとしか思えないのだ。
タイの貧しい地域では、不当に安い賃金で過酷な環境で働かされるケースがある。
たとえば、鶏肉工場では、子供に一日に200羽のニワトリを殺させていたという事があったそうだ。この子供が住んでいる地域は現金収入が少ないために、30倍の競争率を勝ち抜いて職にありつけたら、こんな仕事だったのだそうだ。しかも、毎日、毎日200羽のニワトリを殺すと。心が壊されていって、半年ぐらいでおかしくなってしまうことが多いそうで、その後、しばらく職につけないということもあるのだそうだ。しかも給料はゲロ安だそうだ。
この2000円以下の安すぎる布の背景には、もしかすると、ニワトリを殺している子供と同じような感じで働いている人がいる可能性がある。
そして、この布のおかげで、本来、伝統の文様を持っていたアフリカの人も、安い商品に押されて、商品が売れなくなったり。価格を下げなくてはいけなくなってしまい。布を作ることで生活出来るだけ稼げなくなってしまう。
ちゃんと手を掛けて作った労働に対して、安い対価しか払わないことが定着することで、作っている人の価値まで下がってしまうという事がある。これは、本物を作っているアフリカの方も、コピーを作っているアジアの方も両方である。
この影響はかなり大きいようで、ちゃんと技術を習得してきっちりと手を掛けて作っているのに、タイで作ったとなると、いきなり値段を叩いてくる。
しかも、津波復興住宅で作ったからという事を聞くと、さらに安く見積もってしまう人もいるから、人間って恐ろしい。
これは、知的障害の福祉施設で作ったものは、非営利だったり社会に出る訓練の最中に出来たモノだから、労働コストがかからないため安く出来るということが、頭の片隅にあるんでしょうね。
実際、品質の悪いモノもありますが、いいものもバザーなどでただ同然の値段で売られてしまうってことがあるけど。それと同じように捉えられているみたいだ。
確かに、NGOの支援を得てプロジェクトが立ち上がっているわけだし、目的は、仕事をすることで心のケアをしたり自立支援をすることなのだけど。安く叩かれては自立支援にもならないし。働いた価値が価格として認められないことは、その人の価値が無いという事を表しているわけでもあり、心のケアどころか、心に傷を作ることになる。
当然、商品を作るモチベーションが下がり、結果として、自立への道が遠ざかる。
確かに、安い商品によって多くの人が豊かさを得る事が出来るが。その豊かさが誰かを踏み台にしたり、誰かを傷つけて成り立っているのであれば、それは真の豊かさではないと思うんです。
そして、誰かが泣いているという事を知らないから、モノも大切に出来ないんだと思うんですよね。不思議なことに、なんでも粗末にする人は、自分も粗末にされるので、結局、自分も泣くこととなる。
問題解決方法としては、フェアトレードというものがあるのでしょうけど。そんなのは、ごくマニアックなマーケットでしかありません。
どのようにすれば、誰もが泣かずに、人の価値を認め合う流通が出来るのでしょうかね。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]

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