タイの意志決定プロセス [2006年09月22日(Fri)]

9月19日に、タイ・バンコクで軍によるクーデターが起きた。
これは、タクシン首相の親族による不正な株取引による莫大な金額の税金逃れから端を発した政情不安から発展したものだ。今回のクーデターの直接的な原因は、軍の人事に対するタクシン氏への不満と、タクシン氏が国連総会に行くという国外に出ているというタイミングを狙って発生した。
タクシン氏は、30バーツ医療という制度を代表とする貧困対策で、北部・東北部の貧困層の間に人気があったのだが。富の独占という面で、都市部の中間層に人気がなく。また、南部に対しての対策がうまく出来なかったことで、南部にも人気がない。
津波の被災地の方に聞くと、タクシンは北部の事ばかりやっているという不満をよく聞く。
そのうえで、小選挙区制度とメディアを活用し与党を固め、軍部に都合のいい人材のみを投入したことで、軍にも不満が募っていたようだ。
さて、今回は、クーデターとはいいつつも、クーデターの後、軍は、国王の承認を得るというプロセスを取っている。
これは、プミポン国王が国民の厚い尊敬を受けているから、無碍に出来ないというわけではなさそうだ。
以前、あるタイの小さな町での住民主体のまちづくりにおいての合意形成のプロセスについて説明をしてもらった事があった。
まちづくりの合意形成のプロセスとして、町中でいろんな話し合いがなされて、いろんな意見が出るのですが、村の長は、意見が出るのを促しても、基本的に話を聞くことに徹するのだそうだ。
そして、ある程度話がつきそうになったとき、村長が出てきて「それにしよう」というのだそうだ。そうすると、村民の尊敬を得ている村長の言うことだからということで、決定事項となり、実行に移されるのだそうだ。
これを、村レベルだけではなく、どこか国レベルでやっているからこそ、国王が必要なのであろう。
確かにこれは、西洋的な民主主義の合意形成プロセスではない。これが、タイの政治ってよく分からないと思われる一因だろう。
そして、村の長など、尊敬される立場の人は、いろんな人の意見を引き出すとか、論議や場合によっては戦いが決着がつくまで忍耐強く待つという辛抱強さも必要となる。
これが、タイの全ての意志決定プロセスのスタイルではないだろうが、一つの伝統的な意志決定方法であり。近代に作られた、民主的な意志決定プロセスより長い歴史と経験の継承がある可能性がある。
今年は、プミポン国王の即位60周年の年になるが、このタイの政治の動きの中で、国王がどまような位置づけで、どのように振る舞うかに、コミュニティにおけるリーダーシップのあり方のヒントが多くあるように思える。

ちなみに、今回のタイのクーデターで最も気になるのは、憲法停止である。
今回の憲法は、小選挙区制により、タクシン派が躍進したことで、人によっては独裁とも思える状態を許してしまったという問題もあったが。ボトムアップ型の地域行政が推進されていた。
2週間で軍隊が手放すと言ってはいるが、タクシン政権の全てを否定した憲法となってしまうことで、貧困対策やボトムアップ型の地方行政が後退する可能性がある。
タクシン政権のいいところをとって、悪いところを直すという形で、良い憲法を作ってもらいたいモノだ。

余談ですが・・・
ここ数百年、タイは、ミャンマー(ビルマ)と仲が良くないだけに、軍政で世界的に評判の良くないミャンマーと同じに思われたくないという気持ちが、クーデター後に政治を軍から民に返還するモチベーションになっている気がします。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]