やさしく生きるということ [2007年04月11日(Wed)]

バンコクのマーヤーゴタミー財団の事務所に打ち合わせに行くと、日本人のお坊さんが泊まっていた。
彼は、十年近く前にミャンマーで出家したお坊さんで、いまタイに滞在しているそうだ。
つい最近まで日本に行っていたそうである。日本に行った理由は、日本をやさしくするためなのだそうだ。今の日本はいろんなものが個別化され、自分の殻に閉じこもり、やさしくない渦巻きに巻き込まれているという。
その問題を解決するための小さな取り組みとして、日本では忘れられた仏陀の教えがたくさんある東南アジアの仏教の戒律を守りながら日本で暮らしたのだそうだ。これがなかなか大変だそうで、お金を持たない生活なので宿がない。お寺さえも泊めてくれない。ホームレス扱い。托鉢しても食料が集まらないし。時々、お金を渡そうとする人がいるのだが、事情を話して断ったら、たとえコンビニのすぐ前であっても、そのお金で何か食べ物を買ってきて渡す人は誰一人もいない。
町を通過するのはいいのだが、一ヶ月近く町にいると、これまた大変で。警察に通報されたりする。
しかもお坊さんを尊敬しない。瞑想する人が生きていくのは大変だ。オウム事件以降、瞑想をする生活をしている人は安いアパートも借りることが出来なくなったし、働く場所もないのだそうだ。
これが、同業のお坊さんも同じ扱いをするから大変だ。そこに部屋があり、そこに食べ物があり、そこにお金もあるにもかかわらず、捧げることが出来ない。日本には物とお金があふれているのに、自分が食うに困らない一部のものを捧げることが出来ない。
ミャンマーでは、給料が一日で卵三つ分ぐらいなのだそうで、それでも、卵の十分の一ぐらいをお坊さんに捧げる人がいるそうだ。それとは大きく違う。このことは習慣の違いだという一言で片づけてしまうことが出来るのだが。この何十年かで急速に日本がやさしくなくなってきていることはこのお坊さんの言うとおりだ。だからこそ、彼は、人が優しくなる方法である戒律を守り生きていく様を実際に見せていくことしで、日本でやさしくなるような渦を作りたいのだそうだ。
このお坊さんの旅の話を聞いていて、思い出した映画があった「ゆらりゆらゆら」というドキュメンタリー映画だ。京都のシンガーソングライターの阿部さんがお金をあまり使わずにツアーをする姿を捉えた作品である。別に阿部さんは、戒律をまもって生きているわけではないのですが、やさしい生活、やさしい旅をしている。東南アジアのお坊さんの生活とどこか共通点があるような気がするんですよね。

日本は仏陀の教えが忘れられてしまっているので、私も含めて、お坊さんの接し方がわからない人が多い。
東南アジアで、日本人のお坊さんに出会い、お話をすることは、人がやさしくなるチャンスかもしれない。

いまの日本の社会では、やさしくない渦が巻いているので、そこではやさしい人は変人でしかない。
だけど、やさしい人が変人ではない社会で、やさしい人とは何かを知ることは、いまの日本人にとってとても貴重な経験であり。もしかすると、日本に渦巻くやさしくない渦をやさしい渦に少しずつ変えていくことに繋がるのかもしれない。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]