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災害報道に思うこと [2007年07月17日(Tue)]

災害報道に思うこと [2007年07月17日(Tue)]

台風、地震と続いていますが・・・・
10年以上、災害報道について思うことがあります。
それは、死者を中心に報道しすぎているのではないかということです。
確かに、災害により亡くなられる方が居るというのは悲しいことですし、災害の規模をイメージするための情報でもあります。
とはいえ、災害復興の主人公は生き残っ方と考えたとき、死者を中心とした報道は無意味な者だと感じざるを得ません。
死者より災害に関係する方がどの程度の方がどれぐらいいるか、という方が本当は重要なように感じるんですよね。
いわゆるマスコミから流れるニュースの7割は、警察か役所にいて入ってくる情報ですから。死者数は報道しやすいわけですが。災害に関係する方の人数や程度はすぐには報じることは困難です。
だから、死者数を中心にした報道になるわけですが。
たとえば、災害対策をした建築物をたくさん造って、災害による死者数を激減させたとすると。
死者数を基準に災害の規模をイメージさせるような報道の仕方をすると。実際の災害の規模がわからなくなるし。ジャーナリズムよりセンセーショナリズムではないかと思える日本のメディアの状況では、被災者にとって重大な災害にもかかわらず、死者が少ないために注目されずに、すぐに忘却の彼方に置き去られ、十分な支援を得られない可能性が増す。
支援というのは、残念ながら、話題性のある所に多く施される傾向がある。
また、死者数が多い災害が立て続けに遭った場合、見ている人が死者数に関する感覚がマヒしてしまうんですよね。最初は1人亡くなった、3人亡くなったということでも大きく話題になるのですが。そのうち、同時に7.8人亡くならないとニュースでなくなってしまう。
夏場の水難事故なんかは典型的で、欠陥が原因だったとかセンセーショナルな事がないかぎり、1人や2人亡くなっても、新聞にちょこっと載ればラッキー程度になってきて。ある時期を越えて大きな数字になったときに、やっとセンセーショナルになったようで、報じるという感じである。それも、平年並みなら話題にならず。過去最悪ペースなら話題になる。それ以外は見向きもされないぐらい小さな記事が載ればいいとこだ。
災害の復興は生存者が主人公なのに、残念ながら亡くなられた方の話に終始してしまい勝ちです。
亡くなった方がうんぬんもあるけど、それより、事故や災害がどれだけどのような社会的な影響を及ぼして、それはどのような問題解決方法がいいのかの選択肢とメリット、デメリットを示すのが、実際に災害にあった方に必要な情報ではないかと思う。
本当に困っているのは生き残った方です。しかし、災害の報道は、お茶の間の方の時間つぶしでしかない。
役所の方も可哀想で、様々な情報を収集しないといけないのに、報道側からの電話に釘付けされてしまっている。役所の電話回線は何本分使えるのかわかりませんが、広報担当がテレビ局からの電話に張り付いている状態し、災害情報を得る電話回線が1本潰され職員が数人働けなくなったようなものです。特に小さな役場の場合は、この1人のマンパワーが、役所全体のマンパワーにおいて大きい。
また、死者重視の報道の問題は、死者がこれ以上増えなくなった状況になると、報道されなくなってくる傾向があることです。
「死者が増えるのがそんなに楽しいことなの?」ってツッコミ入れたくなるのですが。見事に死者が増えなくなると報道が弱くなります。
生き残っている人が、どのように生活を取り戻すのかが大切なのに、そういう報道はなされません。崩れかけた家にレッドカードが貼られ、体育館で震えて「疲れた」と言っている報道は、被災者が見せ物になっているだけで、被災者の何の役にも立っていません。
まあ、強いて言えば、被災者が「可哀想」たがらということで募金が集まりやすいぐらいしか被災者の役にたちません。
この募金が集まりやすいというのも、死者数が多いとこれまた集まりやすく。似たような規模の死者数の災害が続くと、飽きられてしまい、募金が集まりにくくなる。
逆の言い方をすれば、募金を集めたければ「可哀想」でなければならないわけで。募金を目的に「可哀想」なように報じたのであれば、いくら善意であっても、被災者の人間としての尊厳を損いかねない行為だと思うんですよね。(NGOの広告もそう)
困っているという事実を伝えるのは必要なことで、その問題解決にお金が必要だという事もいいと思う。ただ、「可哀想」に報じてもらいたくない。
また「酷い」ということを、強調して報道する傾向がある。そして、人々はその酷さを何度でも繰り返して見たがる。しかも、見飽きてくると、新しい酷い映像を見たくなる。そして、新鮮な酷い映像がなくなると。興味を失ってしまう。人間という生き物は恐ろしい。
とにかく、いまの災害報道は、死者、可哀想、酷いに終始している。
それが、生き残っていて、前向きに生きようとしている人、復興しようとしている人の邪魔をしているような気がしてならないんですよね。

まあ、このあたりが、わたしのブログのタイトル「STILL ALIVE」に繋がってくるんですが・・・

最後に、台風、地震に遭われた方に心からお見舞い申し上げます。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]

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