モーケンボート工房 [2007年11月28日(Wed)]

パンガー県の2日目はクラブリーやタレーノーク村を訪ねる。
まずは、道案内をしてくれるNATRのあるクラブリーに向かう。今度は片道100キロ以上の道のりなのでレンタカーに乗っていく。
このあたりで最大の町タクアパーを通過する。
このあたりの地名は、いろんな国の言葉が由来だったりするが。タクアパーとはビルマ語の「鉛」という言葉が語源だといい。古くから鉱山の町として栄えていたようだ。
ちなみにプーケットはマレー語で「岡」という意味の言葉が語源で、ラノーンは英語の「Rain on」という言葉が語源だと言われている。
タクアパーの町を抜け、スラタニーへ行く道との分岐点を過ぎると、牛の看板が見えたと思ったら、少し見通しの悪いカーブを曲がったところに牛が道路を横切っていてあわててブレーキを踏む。
こんなど田舎で、日本人が牛とぶつかって交通事故で死んだなんて新聞に書かれたくない。
そこから、延々と走り続けて道が広くなって両脇に店が立ち並ぶと、そこがクラブリーの町だ。
事務所の場所が変わったとのことで、バスターミナルに車を止めて、電話で道案内を呼ぶ。
2.3分でTuiさんがバイクに乗ってやってきた。
ソイに入り、新しい事務所についた。今までの事務所より小さくなったが素晴らしい事務所だ。
津波から時間がすぎてNGOも事業を変化させてきている。スタッフを減らした一方で、収益事業を増やしている。

 

新しいNATRの事務所

NATRは、現在エコツアーなどに力を入れている。
津波の支援のひとつとして、この地域のことを、自然のことを、文化のことを知ってもらうということをしているのだ。

 

マングローブの植林体験ツアーの様子

事務所で次の取引についてなど、いろんな打ち合わせをした後。タレーノーク村に向かう。
その前に、Suさんの案内でモーケンボートの工房に向かうことにした。

モーケンボートとは、この地に住んでいる海洋少数民族でシージプシーと呼ばれる「モーケン族」のボートである。
モーケン族はかつてはその多くは水上生活がメインだったのだが、近年は陸上にも住むようになっている。陸上に住むようになった理由は国家というものの存在も大きいようで。町を中心に国を作るポリス形国家ではなく、近代以降の西洋的な概念で出来上がった国境という概念からすると、国境を勝手に行き来し、国籍も設定しにくい、遊牧民的な生活者は国家からはあまり都合のいい人と映らないようで。国家による安全が保障されないために地上に定住して生活する方が有利になった。というか、定住政策を進めた。
このあたりの事情は、山岳少数民族にしろ、モンゴルなどの遊牧民にしろ、どこも似た事情のようで。そのために、伝統的な生活が出来なくなる。そのため、自然とともにした生活から、都市生活的な生活に転換することで、結果として自然を破壊してしまう事も発生しがちだ。
ちなみに、モーケン族は、スマトラ島沖地震による津波で世界中に知られるようになった。
海洋少数民族は、東南アジアだけでも、かなりいるようですが、山岳少数民族のようにあまり知られていない。

モーケンボートの工房とショールームにつく。
意外と近代的な建物で、モーケン族のイメージはあまりないが、作品の力強さに驚く。

 

大型の作品
日本で販売するとなると、1艘最低数万円の値段がつけられるだろう

 

 

イルカを持った少年?

 

 

中型の作品

いつも、ツナミクラフトの生産者を回ると驚くことなのですが。
毎回、行く度に作品のクオリティーが高くなるんです。
モーケンボートもその例外ではない。

今まではどれだけ売れるかがまったく予想がつかないことと、素朴さがあったがクオリティの問題もあり、相当の値段で買ってくれるのかという疑問があったために導入には躊躇していたが。
今回の作品をみて、少し日本に導入してみてもいいのかなと思うようになった。

出来て展示会とインターネット通販というところでしょうかね。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]