ナムケムの漁港に行く(前編) [2007年11月29日(Thu)]

夜明けごろに宿を出て、バイクに乗って、タイ国内での津波の最大の被災地であるナムケムの町に向かった。(津波前後で陸地の形が変形してしまったということで、よく紹介されるのでナムケムの町の名前を知っている方もいるかもしれませんね。)

お坊さんの托鉢とスクールバスに乗る子どもたちの姿というタイの地方の典型的な朝の風景の中を、背中に映像機材を積んでバイクでひた走る。

ナムケムの町は、100年前までは5軒ほどの民家しかない村落だったが、錫鉱山が発見されて発展し、その後、漁業で栄えることとなった。
このあたりは、鉱物資源が多く、近くのタクアパーという地名も鉛を意味するビルマ語(ミャンマー語)が語源の地名でもある。ちなみにナムケムは、タイ語で塩水という意味だそうで、海岸沿いの低湿地らしい地名だ。

ナムケム町にあるコーカオ島行きのフェリー乗り場の横に、沖合漁業の漁港があるので、もぐりこんだ。

ナムケムの漁業は大きく分けて2つのタイプがあり、沖合漁業とマングローブで仕掛け網をするような沿岸漁業がある。フェリー乗り場の近くには沖合漁業の港、津波メモリアルパークの近くには小型船の沿岸漁業の港というふうに、漁業の方法によって港が分かれている。

沖合漁業の方は、上の写真のような、建物がいくつも並んでいて。その建物ごとに、数隻の漁船と乗組員、水揚げされた魚を選別する人、計量して値段をつけて販売する人など、少なく見ても100人が1つのチームとなって作業を行っている。
こういうチームが、ナムケムだけで7.8チームある。つまり、沖合漁業だけでも1,000人の雇用が発生しているわけだ。このほかにナムケンの町は船を修理するための工場などもあり、関連産業も含め一大産業となっている。
私の見たところ、乗組員の多くはミャンマー系の方が多く、お金を勘定するのは中国系のタイ人のようだ。

水揚げされる大漁の魚、アイスクラッシャーの爆音、とにかくたくさんいて、きびきびと仕事をする人々。ここにいて感じるのは熱気である。

残念ながら私のついた時間は既に遅かったようで、水揚げの瞬間が撮影できなかったが、活気のある風景は撮影できたので掲載します。

 

 

 

選別された魚は氷と一緒に容器に入れ出荷される。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]