津波孤児収容所を訪ねる [2007年11月29日(Thu)]
ナムケムの町に別れを告げ。
コーカオ島を訪ねたときのおもいつきで、プルッティアオの町に行くことにした。
津波前にコーカオ島に住んでいたプイさんの家族が住んでいる復興住宅街だ。
2月にも一度行ったのだが、そのときは、夕方だったのでわからなかったのだか。
最初にカオラックに来たとき、さをり織りの工房を探して迷い込んだ復興住宅街がプルッティアオだったようだったのだ。
去年の12月にこのプルッティアオに津波孤児収容施設が出来たので、当時の雰囲気と違って見えたのだが、昼間に来ると、位置関係が明確にわかってくる。
この津波孤児収容施設は、バンコクのスラム街などでの活動で実績のあるドゥアンプラティープ財団の手によって運営されています。
ノンアポだったので、前回は夕方だったので、せめて外観だけでも写させて欲しいと言った所中も写させていただけることになった。
この時間帯は多くの子どもたちは学校に行っているので、未就学児のみがいる。
ちょうどお昼寝タイムでした。
どんな夢を見てるのかな?
こちらの部屋は、賑やかな女の子たちがそれぞれぬいぐるみを抱っこしてします。
カメラに向かって、いろんな面白いポーズをとってくれました。
タイ人は子どものころからサービス精神旺盛です。
この施設には18歳までいることが出来るそうです。
そして、これが子どもたちが作るバティックです。
心のケアを目的として始まったバティックですが、だんだんレベルが上がっていることには気がついていたのですが。3年で職人クラスの腕になっていました。
成長の早さに驚いてしまいます。
(でも、ちょっと子どもらしさも残って欲しいところもありますが)
このバティックは、販売され、ここに暮らす子どもたちの生活費や勉学を学ぶ費用となっています。
以前もよく売れたのですが。
来年の夏は、このバティックを日本で広めたいと思いました。
[CANPAN blog STILL ALIVE より]
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