蓄音機と初音ミク [2008年02月29日(Fri)]

打ち合わせのため、武蔵小山駅の近くにある名物CDショップの地下にあるライブカフェに行った。
ちょうど行った時は、お客さんが少なかったこともあり、オーナーさんが、この店自慢の蓄音機で戦前のSP盤の楽曲を聞かせてくれた。
蓄音機は、ポータブルタイプで、いわゆるラッパ状のものがボディに内蔵されているタイプ。
蓄音機には、曲を聴く前に儀式があって、まずは、針を取り付け、ゼンマイを巻く。
するとターンテーブルが回りだすので、そこに針を落とす。すると、電気を使わず、アンプもスピーカーもないのに、予想以上に大きな音で音楽が流れ出す。エジソンの発明がいかに偉大かを感じた一瞬だ。
ターンテーブルの回る音や針が擦れる音がやや聞こえるが、そんなことが気にならないような、独特の温かい音がする。ホーン状になっている管の部分の太さや長さ、そして、ボディーの共鳴などが相まって、蓄音機自体が楽器のようになっているのが、温かい音に繋がっているのかもしれないと思った。
楽曲は3分ぐらいで終わってしまうが、曲が終わると、なんと自動的にターンテーブルが止まる。いやあ、ゼンマイ仕掛けとはいえ、なかなかすぐれものである。
蓄音機をいろいろ観察すると、回転数の調整ができたりと細かい調整もできるようだ。
曲が終わり、次の曲を掛けるとき、また、ひとつの儀式がある。それは、針の交換だ。
この蓄音機の針は、使い捨てで、一曲聴くごとに交換しなければいけない。
これは、鉄製の柔らかい針のために摩耗が早く。摩耗して丸くなった針を使うと、レコードを痛めてしまうため、一曲一曲針を交換しなければならないそうだ。

さてさて、今回SP盤で聴いた曲には、戦前日本で活躍した外国人歌手「バートンクレーン」の曲があった。曲は、とてもコミカルな曲調で、流暢な日本語で、面白可笑しい歌詞を歌い上げるという、日本のコミックソングの草分けともいえる内容。
しかも、歌詞の内容は、当時の風俗を表現しているものもあれば、いまでも通用するものもあるのが面白い。
レコードというタイムマシーンに乗って、80年近く前の楽曲が今に現れた時。時代は変わっているとはいえ、人として共感できるものがあるというのが、とても興味深い。
それと、コミックソングというのは、ブレークが多かったり、テンポチェンジが多用されていたり、細かくフレーズがいろんな楽器に振り分けられたりしていたりと、演奏するのが難しいが、見事に軽快に吹き込まれているのには驚く。

 

ちなみに、バートンクレーンの作品が、CDとなって発売されているということで、早速衝動買いしてしまいました。
とはいえ、25曲も入っていてお得だったりします。しかも、ブックレットも充実しています。

さてさて、このバートンクレーンが活躍していた頃は、今の著作権の仕組みが出来上がっていなかったんです。
バートンクレーンが歌手を引退して帰国した後の1939年に著作権に関する仲介業務に関する法律ができ、翌年に日本音楽著作権協会(JASRAC)ができ、今の音楽著作権ビジネスの基本が出来上がった。

それが、いま、その著作権ビジネスが時代に合わなくなってきたようなのだ。
その原因が、誰でも音楽を作り、発信できるようになったという、パソコン、マルチメディア、そしてネットワークの技術の影響なのだ。

以前、記事にも書いた、札幌のベンチャー企業の社長が、最近掲載されたITmediaの記事の中でその点について指摘している。

クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(4) 最終回:
JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験” (1/3) より抜粋

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0802/26/news029.html

JASRACはありがとうを届けない
 「JASRACはありがとうを届けない」――伊藤社長は言う。JASRACを含む音楽著作権の仕組みは、対価を稼ぐためのプロ作品が前提で、ユーザーがアーティストに届けられるのはお金だけ。支払った著作権料は、JASRAC、音楽出版社、事務所とたくさんの“中間搾取”を経てやっとアーティストに渡る。

JASRAC信託時に必要な「公表実績」 この複雑な音楽著作権ビジネスの仕組みは、マス向けCD販売を前提にした楽曲には、必要だったかもしれない。しかし1人でPC 1台で作った曲――バーチャルインストゥルメントで作曲し、「初音ミク」で歌い、ネットのファンたちが自発的にプロモーションした個人製作の楽曲をここに載せようとすると、矛盾が吹き上がる。

 「JASRACは『音楽を作ることができる人は、特別な才能を持ったごく少数』という前提に立っている」と伊藤社長は話す。実際、JASRACに信託するには「直近1年以内に定員500人以上のコンサートで使われている」「大手メーカーが作った全国販売のCDで使われている」などといった公表実績の基準を満たす必要がある。「“超特定少数”対“多”の関係でやってきた形態で、“多”対“多”――全員が作り、全員が評価するという今の仕組みに合っていない」

 この矛盾の背景に、CGM(Consumer Generated Media)時代の到来という大きな変化があると伊藤社長はみている。「著作権の仕組みは、CGMを前提にしていない。急にそういうのが来たからみんな、泡を食ってる」

蓄音機という発明があり、録音物を再生するたびに使用料を払う概念ができ、録音を利用した音楽ビジネスの形が出来たのだが。
誰もが録音でき、発信できるようになったことで、対応できなくなった。

そんな時期に、今の音楽著作権の仕組みがない時代の録音物を実際に耳にし、妙な感慨深さを感じた夜でした。