コミュニティ開発の現場 [2008年08月30日(Sat)]

ホストファミリーでの夕食の後、コミュニティセンターで開かれるコミュニティー開発の会議の場にオブザーバーとして参加させていただいた。

今回の議題は、コミュニティ開発の経過とこれからのことについての話し合いでした。
具体的には、今回、私が参加しているホームステイなどのコミュニティーベースの旅行事業、これも私の扱っている手作りせっけん作りのことなどです。

参加者は、村人たちで、進行を務めるのが、村落開発の専門家の方です。
席順はイスラム教の戒律で、男尊女卑的な要素もあって、写真ではわかりにくいですが、男性が一段高い所に固まって座ってはいますが、発言権は女性にもきっちりと与えられており、闊達な意見交換が行われていました。

タイでは1992年の流血事件により1997年に改正された憲法により、トップダウン型だけでなく、住民が主体となって街づくりをしていくというボトムアップ型の政策を導入しました。
タイ政府の素晴らしいところは、住民が主体となるために、住民の意見を聞きだし、整理をする専門家を育て、職業として成り立つようにしているということです。
以前、私は役人のためのビデオ映像を制作したのですが、役人にも住民の意見を聞きだし、整理し、住民がやりたいことがうまくいくように人材、物資、資金などを調達する役割を持つ人がいるのですが。司会をしている彼女のように、NPOや民間機関も同様の仕事をしている。

今、タイではPMDのデモ隊によりタイの政治が混乱を起こしていますが。
その原因が、イギリスに亡命してしまったタクシン元首相であるのですが。彼はボトムアップ型を急速に進めたのはいいが、トップダウン型の産物でもある国営企業を解体しようとしたため、国営企業の関係者も含め、タクシン氏に利権を奪われた人たちが、反発しているという構図があります。
確かに、タクシン氏は、携帯電話会社の株取引や新空港には関係の深い金融機関しか入れなかったりと、いろいろやりすぎた所はあるものの。
バラマキと言われようが、30バーツ(100円)で医療が受けれるようにしたり、一村一品運動をくり広げたり、住民たちが意思決定し実施するための支援を行ったという面では、アジア通貨危機以来順調に発展してきたタイ経済を作り上げた事は間違いないでしょう。
しかし、その陰では既得権を失う人がいたわけです。

日本でも、構造改革という名のもとに、21世紀になって、小さな政府を目指したという動きがありましたが。大きく抜けていたのは、ボトムアップをする貧困対策や地方対策そして医療対策、教育の機会均等でした。
日本ではこの10年間は、地方対策の名の下に、町村合併などが進みましたが。地方自治体の規模が大きくなった反面、そのぶん小回りが利かなくなり住民の意見が聞こえにくい構造になってしまいました。
一方で、IT化が進み、全国どこでも仕事ができるようになると思われていましたが、IT企業が六本木の一つのビルに集まってしまうという事が発生しました。
医療も受けにくなってしまいました。

そう思って見ていると。
タイの政局はこれからどうなるかわかりませんが。
日本は、この10年のタイの試みを見習わないといけないと思います。

とはいえ、タイの多くの人にとっては、日本はあこがれの国でもあります。

会議の開かれているコミュニティセンターの目立つ所に、なんと私の作った日本語のニュースレターが貼られていました。

オール日本語なので、タイ人には読めないのですが、相当うれしかったようです。

それとコミュニティセンターの中を見回してみて気になったものがこれです。

村の環境を理解する図です。
タレノーク村には、市街地、農地、放牧地、熱帯雨林、マングローブなど、様々な形態の環境があります。
村落を開発するには、自分たちの村がどのような特性を持っているということを知るという、いわゆる戦力分析が基本となります。
そのうえで、自分たちでできること、自分たちがやりたいことを進めていくと、いい結果が出やすい。
しかも、視覚的に内容がわかり、多くの人に情報が共有できるようになっている。

きっちりとした分析、情報共有、そして、合意形成システム、それがあってこそ、いま体験している素敵なツアーやせっけんができてきているのです。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]