2つの破壊的な地方の悲鳴 [2008年11月12日(Wed)]

昨日、阪神大震災の被災地である兵庫県の知事が「関東での大震災がチャンス」と言ったり、田母神俊雄前航空幕僚長の参考人招致が行われた。
この二つに共通するのは、乱暴な発言をしているということだけでなく、背景に中央集権によって生じた地方の状況というのが隠れていと思う。

兵庫県の知事が「関東での大震災がチャンス」と言ったことについてですが、既に災害で儲けた前例があるんです。それが、今から80年ほど前の関東大震災です。
東京は関東大震災後かなりのダメージを受けていて、いろんな機能が関西に来ていました。谷崎潤一郎を始め様々な文化人が関西に移住し、関西に阪神モダニズムと呼ばれるモダン建築ブームさえ訪れています。昭和初期に大阪市が現在の大きさになったときは、大阪市の人口が200万人を越えて日本一の大きさになっていたそうです。

これらは、今でもその面影が残っています。そのひとつが地下鉄です。ほぼ同時期に作られた東京メトロの銀座線と大阪市営地下鉄の御堂筋線ですが、地下鉄の規模が違います。大阪市営地下鉄の駅は建設当時に作られたものですが巨大なドーム状になっていてそこに10両編成の電車が停まれるようになっていた。しかもホームの幅も広い。
それに対して、銀座線はトンネルの断面積をなるべく小さくしており、結果として6両編成が走ることになったのですが、新橋から渋谷の計画に携わった当時の東急の社長が現状を考えると将来の事を考えても3両編成で十分と判断していたようで。それぐらい東京が元気がなかった。
車両に関しても、関西の大手私鉄はピカピカに磨かれていて、細かいパーツまで気を使っているが、関東の私鉄は高級住宅地を沿線に持つ東急を含め、塗装の簡素化、部品の簡素化、人が挟まれる危険性のある車両間通路の扉が片一方敷かなく、危険な場所に乗客が簡単に入ってしまうようになっている。
これらは、関東大震災における経済の悪化が影響していて、関東大震災から20年以上経った戦後まで影響している。

東京の復興は、アメリカと大きく関係している。日本は敗戦したことで、アメリカとの関係を強くする。いわゆる太平洋ベルト地帯は、対米輸出に有利だと言うことで発展したし。アメリカの政治的な影響をうけるため、首都たる東京に商機をもとめて人や企業が集まった。
これによって、日本は対米貿易で経済的な成功するわけですが。対米従属の結果、地方の力が弱まってしまった。

そして、阪神大震災が起き、復興事業ということで、全国から復興活動に集まってきて復興してきたのですが、大規模な復興事業は神戸の会社ではなく、東京なりの会社で地元にお金が落ちなかった。そのあたりの恨みも、知事の発言の背後にあるのでしょう。

これは、災害復興だけでなく、様々な大規模公共事業も同じ事があり。地方が国からの補助金を元に大きな事業を行うと、国からもらった金額以上が、中央の企業に行き、地元にお金が落ちず、しかも地方に借金が出来。さらに地方が疲弊する。

今回の兵庫県知事と田母神俊雄前航空幕僚長の行為は、背景に対米従属と中央集権により力が弱まった地方の状況があり、地方に不満が蓄積されているということがある。

次に田母神俊雄前航空幕僚長の懸賞論文の件ですが、地方に起死回生のチャンスがいよいよ無くなってきて、こうなったら戦争をして儲けようという発想になっている人たちがいるということです。
懸賞論文の関係者に元首相の名前が出ていますが、そのうち二人は日本海側の政治家です。
今回の懸賞論文には、自衛隊の小松基地がキーワードになっているわけですが。どうも戦争をしたら経済がうまくいくと思っている人たちがいるようなのです。
民間と併用した小松基地のある石川県には最近能登空港というのが出来たのですが。石川県内に二つの空港があるのは、旅客という事を考えると不自然なのですが、対北朝鮮との戦争を前提にするなら東京と北朝鮮の中間地点にある石川県の小松基地だけでは足りなくなり、複数の空港を作ることが必然で。そうなったら空港が2つあると石川県により多くお金が落ちるということで空港が作られたという話が地元でも流れているそうです。

話を、戦前に戻しますが、日本が朝鮮半島を領土にして、中国に満州国やらを作っていた時期、日本海側は元気だったんです。
戦争のための道具を運んだりした面もありますが、貿易というか当時は国内ですから移入・移出で日本海側は元気だったんです。朝鮮半島に一番近い福岡や北九州、東京から朝鮮半島に向かう経路にある新潟、京阪神から朝鮮半島に行く経路にある敦賀や舞鶴も不利な地形ながら発展し。九州の唐津は、上海で稼いだ白人達が保養にくる観光地だったそうです。
日本海側は大陸と繋がることで商売をしていたわけです。

しかし、戦後、冷戦時代を迎え、ソ連、中国そして北朝鮮とは対立する状況におかれ、自由に商売が出来なくなり。日本海側の経済は衰退します。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、冷戦時代が終わるわけですが、中古の自動車がロシアに輸出されるなどは行われていますが、冷戦が終わったにも関わらず日本海側の経済は戻りませんでした。

なぜ戻らなかったというと、隣国である韓国とうまくいっていないからです。
これは、「木を植えましょう」の正木高志さんから聞きかじった話ですが、サンフランシスコ講和条約の時、日本は第二次大戦に対して謝罪して許された事になっているわけですが。あくまでもアメリカ経由で謝罪したわけで、韓国に対して直接謝罪したことになっていなかったそうなんです。このあたり北朝鮮の問題も関わってくるんでしょう。
日本は、対米従属による核の傘のおかげで発展出来た部分もあるのですが、隣国に対しておろそかになるという悪影響もあった。
正木さんが、韓国を歩いて、いろんな人と話して気が付いたことなのだそうですが、いま韓国は日本にとって重要な位置にありおろそかにしてはいけないということだそうです。
いくら謝っても、謝る相手を間違えたりすると、相手に謝ったことが伝わらず、謝ったことにならない。それが背景にあって大きな断絶があり、それが経済に影響している。
しかも、アメリカばかりに目を向けていて、韓国や北朝鮮など隣国にあまり目を向けていなかったために、それが継続的に行われてしまった。結果として、隣国と戦争でもして、儲けようじゃないかという極論を持つ人が出てきたということです。
しかも、日本抜きで、北朝鮮を悪の枢軸国から外してしまうという動きが起こってしまっていて、日本が敵対する理由が減ってきてしまった。だから、対立の構図を取り戻したかったわけです。
そして、それを実行するためのひとつステップとして、あの懸賞論文があるわけです。
しかも、騒げば騒ぐほど、効果が出るという意味ではテロとよく似ている。
論文の質が高くないと言われていますが、その理由は論文の質でなく、相手を挑発することと、民衆の不満のガス抜きの方向を導くことが目的だったと推測されます。
あとは、民衆が自発的にテロをしてくれる。田母神俊雄前航空幕僚長の懸賞論文の騒ぎの後に、それに賛同する発言がネットで蔓延しつつあるのは、イスラム圏の自爆テロのように、民間の組織化されていないテロが起きる素地が日本国内に出来上がりつつある事なのかも知れない。

戦争をするにしても、貿易をするにしても、隣国があっての日本海側経済であることには変わりありません。
グローバリズムが進んだ世の中で、国内で話が解決しない状態になっているだけに、隣国は大切で、理想主義かも知れませんが、戦争以外の方法で、経済発展して欲しいです。

正木さんは、来年、韓国を歩いて平和に対して訴えるようです。
確かに、人は、見えないモノに対して恐怖感を持ちます。隣国に対して、伝え聞いているだけで、実際に見えないだけに恐怖感が出来ています。正木さんのアクションはその問題を草の根レベルで解決していくアクションだと思います。

とはいえ、これだけでは問題が解決しません。
他に何か方法はないでしょうかね。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]