津波5周年イベント [2009年12月26日(Sat)]

ここ数年ささやかながら、津波の周年イベントを実施しています。
ことしは、横浜では津波がタイに到達した時刻にあわせて、東京では夜に行いました。

横浜のトラグーンプラスでは、カオラックに津波が到達した時刻に黙とうを行いました。
先日も書いたのですが、関東大震災のおり横浜は全焼した横浜駅をはじめ300か所近くの火災、外国人居留地の石造りの建物の崩壊による多くの外国人犠牲者が発生したこと、鎌倉市内でも10メートルを超したなど、相模湾に大津波が発生したこと。
これらが、つい80年ほど前に発生し、それから、この街を再興させたということが、300万人以上が住む横浜市民のどれだけが知っているのだろうかと思ってしまう。
今年は開港150周年ということで、横浜が海外の文化や技術を取り入れ日本初となったことなどが取り上げられる機会が多かったのですが、それが、どのようにして今に伝わっているのかということまで、表現しているところが少なかったように思います。

津波から5年の報道を見ていると、紙面の都合もあるのでしょうが、「いろんな問題が今も発生している」という論調のものが多い。確かに現実はそのとおりなんです。これらの現象は、津波の後に来た「第二の津波」と呼ばれる、「世界各地から押し寄せた、支援活動による文化破壊」で、津波から1年もたたないうちから指摘されていることでもあります。その問題に立ち向かっている姿がいまひとつ伝わってこないのが残念です。多くのところでは、問題解決の糸口がつかみ切れずにいることも実際にはあるのですが、完全な成功事例でなくても、少しでも問題解決をしているところをメディアで紹介しないと、問題解決に繋がっていかないと思うのです。そういう公共性を持っていると思うのです。

横浜から東京に移動して、三軒茶屋のカフェOhanaに行く。
ここでは、カフェの一部を開放して「TSUNAMI NIGHT」というお話会を実施しました。
今回は、東京では久しぶりに『STILL ALIVE -2005年プーケットに何が起きたのか-』を上映しました。来年の1月には神戸でも上映するので、作品の後に登場した方のその後について少し付け加えました。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]