1.27 ネバダ・デー ヒロシマからアピール [2010年01月27日(Wed)]

昨日から広島でTSUNAMIクラフト展が始まりましたが、せっかく広島に来たのだからということで、広島平和記念資料館に行ってみた。
平和と復興を願う気持ちの力強さを感じつつ建物を出て公園に行くと、なんらか人が集まっているので近寄ってみました。
何をしようとしているのかと聞いてみると、アメリカのネバダで初めて核実験を行った日に反核運動を行っているそうです。
この活動は「ネバダ・デー」という活動で、最初は、1951年の最初の核実験から33年後の1984年1月27日に、アメリカのユタ州の方の呼びかけで始まり。全米各地、イギリス、カナダと広がったのだそうです。
日本では、広島の原爆慰霊碑前で座り込みを毎年行っているのだそうです。

ネバダ・デーの資料をいただいて、この記事を書いているのですが、さきほど見てきた資料館の展示とこの資料を見て、気がついたことがあります。
それは、平和への活動が大手を振ってできるまでに時間がかかっていることです。
日本では、占領下の日本で原爆のことを報じるのを規制されたり、手紙が検閲されたり、平和を祈願する祭りも開催できないようにされていたそうで、平和のために核の問題を報じたり、展示するまでに20年近くの時間が必要だったようです。
平和を願う施設や、原爆を取り上げた書籍や出版物は、原爆から20年経った昭和40年代あたりから表に出だしたという感じです。
そして、アメリカでは、核実験から30年以上たって、やっと活動を始めている。
ネバダでの核実験の運動がなぜ、33年も後から始まったのでしょうか。。
手元に資料はないのですが、日本国内と同様に、核の問題について、事実が隠されたり、活動が制限されていたのではないかと、感じざるを得ません。なぜ、33年後から始まったのか、誰か知っている方教えてください。

核兵器がなくなり、事実を知り、伝えることができる社会でありますように。

広島の空は澄み渡り。
建物のない平和記念公園の空は広い。(そういや、原爆投下の日も、晴天だったそうな)
焼け爛れた方の姿が模型ではなく実際にどういうものだかわかりませんが、15年前の神戸で、生まれて初めて焼け野原を見たとき、空がやたら広いとを感じた。
その、やたら広い空に、この公園が似ていると感じました。
神戸の焼け野原より、もっと大きな規模で、空の下に焼け焦げた建物や焼けてしまった命があると思うと、手をあわせざるを得ない。
元安川を渡ると、とっくに復興し人通りの多いにぎやかな街ですが。広島平和記念公園は、慰霊碑とか、そういうモニュメント的なものだけではなく、こういう広い空間で、平和の大切さを語りかける優れた公園のデザインだと感じました。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]