プラティープ先生帰国できた [2011年01月05日(Wed)]

16歳でスラムに学校を作り、ツナミクラフトの生産者である津波孤児施設を運営している団体を作ったプラティープ先生が、海外に避難していたのですが。帰国したとのことです。
新聞報道では、逮捕されるからと避難し、非常事態宣言の解除とともに逮捕状が取り下げられたというような事が書いてありますが。タイで私が聞いたところでは、状況は極めて深刻で、タイ国内にいると命に関わりかねない状況だったとのこと。
日本に居るとは聞いていましたが、やはり大阪だったんですね。
とりあえず、タイ国内に戻れて良かったです。

元国会議員とは言えど、一度は逮捕状が出されたわけですから、以前のような活動は難しいかもしれません。理事長も辞しているわけですし。津波孤児施設の方も、プラティープ先生がタイに戻ってきたとしても、今まで以上に自立した活動を行わないといけないことには変わりがありません。
これは、パンガーのプロジェクトに限った話ではないので、今回の一件を切っ掛けにドゥアンプラティープ財団の組織や活動が次のステップに移行するのではないかと思います。

「スラムの天使」タイへ帰国…避難先の大阪から

バンコクの空港で家族らの出迎えを受けるプラティープさん(右)=深沢淳一撮影 【バンコク=深沢淳一】

昨年4~5月にバンコク中心部をタクシン元首相派勢力が占拠した際、非常事態宣言下で政治集会を開き、逮捕を逃れて大阪へ避難した「スラムの天使」ことプラティープ・ウンソンタム・秦さん(58)が4日、約7か月半ぶりにタイへ帰国した。

バンコクの国際空港で家族や支持者に迎えられたプラティープさんは、「政府の国民和解の取り組みは(強制排除から)7か月以上過ぎても進展がない。帰国できても本当に幸せとは言えない」と語った。

プラティープさんは昨年5月、占拠問題の平和的解決を求める集会を開いたことで逮捕状を取られる見通しとなり、日本人の夫が住む大阪に逃れた。政府は12月にバンコクの非常事態宣言を解除しており、逮捕状も失効した模様で、空港で身柄拘束などのトラブルはなかった。

(2011年1月4日22時29分 読売新聞)

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バンコク騒乱が津波孤児やスラムの子どもたちにも影響か? [2010年05月19日(水)]  http://blog.canpan.info/ideaeast/archive/919
結局、資産凍結はプラティープ先生個人に限定され、ドゥアンプラティープ財団の資産は凍結されませんでした。いま気がついたのですが、タイの救急番号”919″の記事なんですね。

逮捕状が出てしまった [2010年05月22日(土)]  http://blog.canpan.info/ideaeast/archive/921

プラティープさん理事長辞任 [2010年05月25日(火)] http://blog.canpan.info/ideaeast/archive/922 

ふと子どもの権利を考えてしまった [2010年09月16日(木)]  http://blog.canpan.info/ideaeast/archive/987
9月16日の記事は当時の状況ゆえにプラティープ先生の名前を伏せて書いています。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]