震災障害者と震災遺児 [2011年01月14日(Fri)]

備忘録的に・・・ですが。事故、災害の怖さって、突然、普通の生活が一転してしまう事です。ある日、いきなり障害者になってしまったり、遺児になってしまったりするわけです。
てなことで、震災障害者と震災遺児についてのクリップ。

「専門的心のケア必要」 震災遺児アンケート

兵庫県と神戸市が、阪神・淡路大震災で親を亡くした「震災遺児」に生活実態などを初めてアンケートしたところ、「専門家による心のケアや癒やしが必要だった」と答えた遺児は46%に上り、うち44%が実際に治療や相談を受けていたことが分かった。

アンケートは、震災当時、0~19歳だった人が対象。県と神戸市が把握している県内外の419人のうち70人から回答を得た。

遺児になって困ったことは、「震災のことをあれこれ聞かれるのがいやだった」が41%と最も多く、「親に相談したいことがあったのにできなかった」も27%あった。

一方、遺児の保護者を対象に養育で困ったことを聞いたところ、約6割が「精神的につらかった」と答えた。

県などは今後、遺児や保護者21人に聞き取りを行う。

(安藤文暁)

【特集】阪神・淡路大震災

(2010/12/28) 神戸新聞

専門家による心のケアが必要だと感じている人の半数以上が、実際に治療や相談を受けていなかったという事実にびっくり。

遺児になって困ったこととして「震災の事についてあれこれ聞かれるのがいやだった」が4割。わたしも津波被災地を訪ねて気をつけていることは、津波の事をあれこれ聞き過ぎないことです。
仕事上聞かなければならない時は、フォローのできる体制をとります。または、相手が話したくなるまで待ちます。

震災障害者 見舞金支給の拡大を 国などに要請書

災害で負傷し、後遺症が出た障害者らへの支援で、研究者6人が12日、災害弔慰金法に基づく見舞金支給の対象者を拡大することなどを求め、国や県、神戸市などに要請書を送った。

震災障害者を支援する神戸大の岩崎信彦名誉教授を代表に、同じく神戸大の塩崎賢明教授ら災害関係の研究に取り組む6人が連名で要請した。

災害弔慰金法は、災害で重度の障害が残った負傷者に最大250万円の見舞金支給を定めている。しかし、両足の機能喪失など最重度の障害に限定しており、阪神・淡路大震災での受給者は64人にとどまった。

このため要請書は、見舞金の支給要件を緩和する法改正を提言。障害者の生活を考え、金額を弔慰金と同額の500万円に引き上げるほか、阪神・淡路の被災者にもさかのぼって適用するよう求めた。

震災障害者をめぐっては、県と神戸市が昨年から阪神・淡路について実態調査を始め、328人(うち121人が死亡)に上ることが判明。負傷が原因で約3割が仕事を失ったことなども分かった。県は国に、支給要件の見直しなどを求めていく方針を示している。

国も2011年度政府予算案に、支援の在り方を検討する費用約740万円を計上した。

(井関 徹)

【特集】阪神・淡路大震災

(2011/01/13) 神戸新聞

負傷が原因で3割が職を失っています。

16年で、328人のうち121人が死亡。死亡率高いですよね。

両足でないと支給できないって、なんやねん。

震災障害者支援に740万 政府予算案兵庫県関連

24日に閣議決定した2011年度政府予算案で、兵庫県関係は阪神電鉄甲子園駅(西宮市)の大規模改修への補助金のほか、阪神・淡路大震災で課題となっている震災障害者への支援について検討する費用などが盛り込まれた。

甲子園球場の玄関口に当たる阪神甲子園駅(西宮市)の大規模改修は、都市部の鉄道交通を円滑にする国土交通省の事業の一環。全国計4カ所で14億3000万円が計上された。個別の予算額は未定。

甲子園駅の改修は11年度から始まる。ホームや構内通路、改札口などを広げ、タイガース戦や高校野球開催時の混雑を緩和する。改札口近くには車寄せや広場もつくる。

改修の総事業費は54億円で、国や地元自治体、阪神電鉄などが費用を分担。16年度中の完成を目指し、11年度は現地の調査や設計、準備工事などを予定している。

また、阪神・淡路大震災で身体や精神に障害が残った「震災障害者」への支援が課題になっている現状を受け、内閣府関係予算では支援の在り方を検討する費用として約740万円が計上された。

概算要求の1200万円から減額されたが、国が震災障害者対策を検討するのは初めて。阪神・淡路などの事例を収集するほか、医師や被災者支援団体の関係者らの意見を聞く場を設け、支援策を探る。障害者だけでなく、災害で親を失った遺児ら、公的支援が不十分だった被災者への支援策を総合的に検討する。

阪神・淡路の震災障害者は兵庫県が今年から調査を始め、身体障害者については神戸市調査分と合わせて328人(うち117人が死亡)と発表している。

(磯辺康子、高見雄樹)

【特集】阪神・淡路大震災

(2010/12/25) 神戸新聞

740万円で何ができるのか・・・。
ハコにお金掛けるけど、一方で・・・って感じ。

語り部10年、障害者となっても 西宮の長岡さん 

手作りの資料で、震災の体験を語り続ける長岡照子さん=神戸市中央区脇浜海岸通1、人と防災未来センター

阪神・淡路大震災で弟を亡くし、自らも足に障害が残った西宮市の長岡照子さん(84)が、人と防災未来センター(神戸市中央区)で語り部活動を続けている。悲しみを振り切るようにボランティアに打ち込んできたが、昨年、震災で障害が残った人たちが集まる場に初めて参加。同じような境遇に心が癒やされた。支え、支えられた16年。センターを訪れる子どもたちには「つらくてもきっといいことがある。だから生き抜いてほしい」と訴える。

長岡さんは震災時、西宮市枝川町の自宅で家具の下敷きになって左足を痛めた。明石市に住んでいた弟=当時(67)=は倒れてきた書棚で頭を打ち、意識が戻らぬまま、1カ月後に亡くなった。

弟は大平洋戦争末期、通信兵として従軍していた静岡県の飛行場で爆撃に遭い、片腕を失った。それでも終戦後、建築士として事務所を開いた努力家だった。

震災の前年に夫が急死したばかり。ショックはあまりに大きかったが、幸い自宅は無事で、「できるだけ人と話しなさい」との医師の助言もあり、仮設住宅でボランティア活動を始めた。かまぼこの板で作った表札を贈ると、入居者に喜ばれた。

「被災者とボランティア。両方の立場から体験を伝えたい」と2002年春、センター開館と同時に語り部に登録した。

一方で長年、痛めた左足をかばって歩くうち、右足に激痛が走るようになった。昨年1月に右ひざを手術。障害者手帳を持ち、神戸市内で開かれている「震災障害者の集い」に顔を出した。

「初参加のとき、ぼろぼろ涙が出た。ボランティアさんに『ここは泣いていいとこですよ』と言われて…」。走り続け、やっと癒やされる場を見つけた気がした。

センターでの語り部は今年で10年目になり、月の半分以上は通う。「わずか10秒で多くの命が奪われました」「多くの支援をいただき、ありがとうございました」。伝えたいのは、あのときの悔しさと感謝の気持ち、命の尊さ。足は痛むけれど、今年の1月17日もフロアに立ち、来館者を出迎える。

(岸本達也)

【特集】阪神・淡路大震災

(2011/01/07) 神戸新聞

当時、ご近所さんやったんですね。
寝室にたまたま家具があまりなく、助かったんですが・・・

派手な建物倒壊や火災がなかったので、なかなかピックアップされない地域での被災。
そこでも、震災障害者がいるという事実は知ってほしい。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]