ここに表示する意味がある [2011年04月25日(Mon)]

新幹線「さくら」号に乗り神戸へ。

三宮駅についてふと見上げると・・・

そごう神戸店の窓に「こころはひとつ、がんばろう日本」と掲出されている。

災害などが起きると「こころはひとつ」とか「がんばろう」とか、そういうスローガンが山のように掲出されるのですが。私はそれが嫌いです。

理由は、被災者って一言でまとめられてしまうけど。被害状況は一人一人違うわけです。被災地だってそうです。
だから、物理的に「ひとつになる」なんてことは出来ないのです。
物理的に違うのですから、こころの方も、どうやっても一つになれない。
これは仕方がないのです。

まあ、出来ないから、スローガンを掲出して、呼びかけている所もあるのでしょう。

そして「がんばろう」は、被災してしまうと、0からのスタート、マイナスからのスタートになるわけです。自分は大丈夫でも、他の人やものが大丈夫でないので、環境的な要因で、マイナススタートになってしまう。
だから、がんばろうと言われなくても、がんばらなくてはいけない状態となるわけです。

そんな状態で、いくら、がんばっても、被災地以外の人たちに比べて、被災地は成果が出にくいわけです。

成果が出にくいからって、さらにがんぱってしまって、いったいどれだけの人が倒れたのでしょうか。

だから「がんばろう」なんて、気軽に書いてほしくないのです。

スーパーのレジ袋に「がんばろや」「がんばろや」と書かれていて、うんざりしました。
見るだけで疲れます。

しかし、同じ事を掲出するにしても、誰が言うかによって、感じ方が違います。
説得力が違うと言ってもいいかも。

それが、そごう三宮店のこの場所での「こころはひとつ、がんばろう日本」です。

そごう三宮店は、阪神大震災の時、建物の一部が崩れ落ちました。
その後、店は再開するわけですが。
崩落した部分は、崩落した記憶を残しながらも、美しく仕上げたデザインになっています。

その崩落した名残が残っている部分に「こころはひとつ、がんばろう日本」と書かれているのです。

涙が出ました。

そうなんです、自分たちが災害に遭い、そして復活した。
その当事者が、自らの古傷を見せながら「今は大変だけど、あなたたちも出来るぞ」って、メッセージがビンビンと伝わって来たんです。

距離は離れていても、災害に遭った当事者として「こころがひとつ」になれるんです。

表向きは、わかりづらいのですが、神戸には所々に16年前の傷が癒えていない所があるのです。だから、東日本大震災の被災地に向けて「がんばろう日本」って言えるんです。

そこに意味がある。

神戸に馴染みの少ない、東北地方の方には解りにくいかもしれませんが。

神戸に関わっている人には、その意味がわかる。
だから「こころがひとつ」になれる。

先ほども書きましたが、東北地方の方には解りにくいかもしれませんが、背景が解れば、きっと、そごう神戸店の心意気を理解していただけるでしょう。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]