Tシャツを積んだトラックで成田空港から宮城へ [2011年05月10日(Tue)]

スマトラ島沖地震の復興にも尽力したタイの僧侶と慈善団体の一行が来日し津波被災地を回りタイで集まった募金を現地で活躍する団体などに寄付をしたり、支援物資を配布しました。私もそのサポートで被災地に入りました。

私はタイから大量の支援物資が届くので、その通関手続きと被災地への運搬が仕事です。
今回の主な支援物資は、タイのTシャツです。津波の時は雪が降っていましたが、夏になると暑くなるので、下着にもなるTシャツが役に立つだろうということで、何千枚ものTシャツをタイから空輸してきました。

タイのお坊さんと在東京タイ王国大使館に行き打ち合わせをした後、2トントラックを調達し、成田空港へ向かう。
タイ大使館から支援物資への免税の手続きをしてもらっているのですが、ゴールデンウィークのため外務省を通しての手続きが出来ず、免税になるか、ならないかわからない状態で、成田空港の貨物ターミナルに行く。

税関で通関手続きをしようとすると。免税の書類が足りないと職員に言われる。
ちょうどその瞬間に、荷物の依頼主であるタイの住職から電話がかかる。「もし、免税にならなかったら、そのまま支払ってください。今の日本にはお金が必要だから・・・・。」
電話を受けるために席をはずしていたので、受付に戻ってくるとなんか雰囲気が変わっている。どうも免税になったらしい。
私が電話を受けている間に、上のフロアから職員が下りてきて、連絡があったので書類が足りなくても免税の許可をしてもいいと言ったのだそうです。
数日間、免税になるか、ならないかハラハラしていたのですが、どうにかクリア。
2トントラックにTシャツを満載し、一部を宮古市など岩手県内に送り、宮城へ向かう。

高速道路は、那須高原を超えたあたりから路面が悪くなる。
石巻市内に入り津波のダメージを受けたエリアを走る。
地盤沈下して海抜以下になった所は砂利道だが、ほぼ車が走れる状態になっている。
津波のあとは腐敗臭が酷いわけですが、ほぼ気にならないレベルになっていたのに驚きました。しかも、大きな製紙工場がある石巻は相当ヘドロが臭いはずなのですが。それをあまり感じさせませんでした。
商店街も明らかに機械ではなく人の手で清掃したあとの状態でした。
津波から約2カ月で、多くの人が努力してよくここまでやったと感じました。
時期尚早の感想だと思うのですが、石巻はなんとか立ち上がれるという確信を持ちました。
これは、すごいことです。やってる当事者たちは、まだまだ不自由分だと思っているだろうし、被災者たちからすればまだまだやってほしいことが山のようにあると思いますが。いまここで行われていることは世界に誇れることだと感じました。

特に石巻災害復興支援協議会という組織は無茶苦茶すごいです。奇跡的といってもいいほど。

石巻市内にて

石巻専修大学に入りTシャツを納品。
万石浦方面に入り炊き出しチームと合流。

翌日、石巻専修大学に忘れ物を取りに行くと、Tシャツが飾ってありました。
せっかくだからと、トラックに張り付けたバナーの予備を、石巻災害復興支援協議会に渡したら、目の前で壁に貼ってくれました。ありがとうございます。

その後、女川、鮎川、東浦と廻る。
また、炊き出しチームと合流。

昼ごはんは、避難所でもらった期限切れのおにぎり。
避難所の食事は、お弁当も出るようになってはいるが、栄養のバランスは滅茶苦茶。野菜と肉(魚)を満載し味噌をふんだんに入れたスペシャル炊き出しは大人気。
少しよれよれとした、おばあさんが、あれだけ入れて食べられるのというぐらい、器におかずを入れたのにペロッと食べてしまったのにはびっくり。
たんぱく質、繊維質が足りていなかったようです。

今回は、トラックの運転に集中していたので写真はほぼ撮れていません。ごめんなさい。

[CANPAN blog STILL ALIVE より]