移民としての誇りと旧市街地の再生 (プーケットタウン、旧タクアパ)

8月25日~9月1日の2017年夏のスタディツアーの様子を少しずつお伝えしています。
今回はプーケットとタクアパの旧市街地の再生についてです。

タイ南部は錫鉱山で栄えたため中国とポルトガルの折衷洋式の建物が残る旧市街地が見られます。

この看板に書かれている「ババ」という言葉は、15世紀後半から数世紀にわたって移住した中華系移民でタイと中国の文化が混在している人々という意味だそうです。マレーシアやインドネシアの「プラナカン」と関係しているようです。

15世紀あたりから20世紀初めまでに福建系を中心としたの移住が多く、1920-30年代に移住した人には反中国感情からプーケットに移住した人もいたそうです。いまのプーケットタウンは1930年頃に形成されたそうで。それまでは、もっと島の北部のタランと言われるエリアがプーケットの中心だったそうです。カトゥ地区に錫鉱山が発見され、人が集まったので市場をつくり、移民が中心となり町が拡大し。今のプーケットタウンが出来たのだそうです。
それまではちいさくてけっこう森林が多かったそうです。

#プーケットという地名は、マレー語で丘を意味する「ブキット」が語源説があるそうです。この地域の古い言い方はタランというものもあり、それがポルトガル人によって訛って伝わってジャンセイロンという言い方にもなったらしい。

戦争の頃、反中国運動があったため、タイ語の教育が行われ、タイと中国が混じった文化が出来たそうな。二世、三世と代を重ねるうち、移民の子孫たちは中国語を忘れタイ語と英語を話すようになったのだそうです。

当、スタディツアーでよく使う「Kopitiam」という名の古いプーケットの町の写真が飾られているレストランは、マレーのコーヒーショップという意味の名前をつけていて、オーナーは「ババ」というアイデンティティを持っているそうです。お店は中国の伝統を意識しているのだそうです。

その古い市街地を再生しようという動きがここ数年出てきています。

プーケットタウンの電線の地中化とライトアップ。

「Kopitiam」の近くにも古い町の文化をイメージした店が出店しています。

「ババ」のアイデンティティが移民の中で広がり市街地再生というカタチにしていっている。

面白いのは、単に復古するだけでなく、壁画を描いたり、ライトアップしたりと、表現を使って町を元気にしようとしている事です。

この傾向はプーケットだけでなく、となりのパンガー県のタクアパの旧市街地でも起きています。

タクアパの若い移民の末裔が始めたプロジェクトです。
タクアパの町は実はかなり長い歴史があるのですが、かなり離れた所に新市街地が出来て、いまは地味な町です。その町をデザインの力で再生していこうということだそうです。

 

 タクアパの街並み

タクアパの旧市街地のプロジェクトはまだ始まって2.3年なのでこれからという感じです。

ちゃんと活動を続けていけば、プーケットタウンの旧市街地と共に魅力のある町として集客力を生み再生すると思います。

#タクアパの地名の語源はベンガル語説があります。プーケットより歴史があるかも。新市街地は日本とも関係があります。戦争の時、インパール作戦の一環で給水を目的に新市街地に船着き場を作っています。