森に還りゆく町、財政破たんから12年の夕張を訪ねる〈後編〉

もくじ

  • さをり織りがきっかけで夕張に通うように   〈前編に掲載
  • 夕張支線の廃止    〈前編に掲載
  • カーナビにダムに沈んだ町が現れる    〈前編に掲載
  • 坑道火災後でも見ごたえがある夕張石炭博物館

坑道火災後でも見ごたえがある夕張市石炭博物館

最近起きた夕張で起きた大きな出来事が、2019年4月18日深夜に起きた夕張市石炭博物館の模擬坑道の火災だ。夕張市石炭博物館 は2018年4月28日 にリニューアルしてこれからだという時に火災が発生した。模擬坑道は実際の石炭層が見れるようになっていて、国の登録有形文化財となっていた。消火のために坑道内に注水して水没させた。夕張の石炭はカロリーが高かったこともあるのか、なかなか鎮火せず。火災発生から約一か月後に一酸化炭素の発生状況から判断して鎮火宣言がなされた。そして、坑道を除いた部分の入館ができるようになった。

土日の札幌のイベントに参加した後に夕張を訪れていたため、博物館の休館日の火曜日に夕張に滞在していた事が多く、12年も通っているのに実は夕張市石炭博物館に行ったことがなかった。いや、正確に言うと見る気がしなかった。理由は管理不足のオーラが漂っていたからだ。
見る気になったのは、2.3年前に2年がかりで夕張市石炭博物館を再興させようとする二人の地域おこし協力隊と出会ったからだった。1980年にオープンし、それから見に来る人の背景も展示方法のトレンドも変わって来たところで、どのような展示にするのか興味をもっていた。

夕張市博物館は、かつて「石炭歴史の村」というテーマパークの中核施設だった。私が最初に夕張に行ったとき「石炭歴史の村」は、運営会社が破産していて。併設された遊園地は野ざらしのままになり悲しい雰囲気を醸し出していた。

夕張神社のところで右折して、夕張市石炭博物館の方に向かう。かつての石炭歴史の村の敷地や設備が膨大で管理が行き届かないようで。博物館の近くの駐車場に行くには少しコツがいるという感じになっている。

駐車場に車を置き坂を上ってオレンジ色の塔が建つ博物館の本館に向かう。 青い石炭の鉱脈を削る機械など 所々に炭鉱で使われていたものなどが展示されている。

本館に入る。1階に企画展示室があり、北海道内の石炭産業のあとを訪ねる写真展示が行われていた。階段を昇り常設展示の部屋に行く。かつては吹き抜けだったところを、1階と2階の間を布で仕切り、巨大な映像を流すスペースとなっている。踊りや子どもたちが遊ぶ姿など人口が多い時代の炭鉱の町の暮らしが映し出されていた。

渡り廊下を渡ると常設展示室になる。夕張の歴史をパネルや映像などでわかりやすく展示している。 限られた予算の中でシンプルでオシャレに仕上がっている。 壁面には夕張の時代の推移がわかるような折れ線グラフのような装飾がなされている。
パネルは、時系列に沿った形で1つのパネルに1つのテーマが収まっている。タイポグラフィーに工夫がしてあって、黄色い大き目の文字を目で追うとおおまかなキーワードが頭に入る。じっくり読むとさらに詳しく解るようになっている。インターネットが普及して、人が一日に接する文字量が増えているそうだが、そのために文章をじっくり読まずに斜め読みする人が増えているそうだ。そんな斜め読みにも対応した展示になっている。
ところどころに、映像や音声が使われていて、それぞれのコーナーで興味を引く仕掛けがなされている。

2階のメインの展示室から地階に行くエレベーターまでの通路には、いろんな実物が置かれている。
いろんな炭鉱の石炭の展示では、それぞれの熱量が表示されている。夕張の石炭が高品質だったことがわかる。
炭鉱夫が着用したライトや一酸化炭素の検出装置、作業に使ったタガネなど、実際につかったものが多数展示されている。タガネを刺している棚は、わざとタガネの数を減らして展示しているとのこと。こうすると見栄えが良いらしい。

2階の展示室から地下展示室へはエレベーターで移動する。
どこか昭和なエレベーターは、地下1000メートルまで潜る事を疑似体験できるようになっている。実際は時間をかけて数メートルしか下がらないのだが、エレベーターの窓から見える視覚効果と音でタイムトラベルでもしているような感覚になる。おそらく、1980年の開館当時からあったものだと思われるが、なかなか面白い体験展示だ。

地下に降り、エレベーターのドアが開くとひんやりとした空気が入り込んでくる。
実際の坑道もそうだったのだろうか。

ここには、炭鉱で働く人のリアルな人形が展示されている。
坑道を掘る人、崩れないようにする人、機器の安全をチェックする人、運ぶ人、緊急時に現場に向かう人、石炭を掘るための様々な工程が再現されている。炭鉱労働者といっても、いろんな仕事があった事がわかる。

このリアルな炭鉱夫の人形だが、長期における展示でカビ臭くなったので、この冬にワークマンで買った新しい服に着替えたそうな。そうすると、石炭を採る炭鉱夫の姿がよりリアルになったとのこと。

順路を進んでいくと、初期の坑道の様子から、機械化・近代化が進んでゆき、大型の機械が展示されてゆく。

本来なら、この先に模擬坑道があるのだが、火災のために立ち入り禁止となったために展示はここで終了となる。
火災前の模擬坑道を知らない事もあるが、ここまで見ても十分見ごたえのある展示だった。

出口の手前で、以前会った事のある地域おこし協力隊の原田さんと出会った。
原田さんは、夕張市石炭博物館の展示を通じて、 実際に炭鉱で働いていた人の証言を集めているという。
この日も、昭和30年代に夕張の炭鉱で働いていた方が来場されていたそうだ。
歳を重ね、命が尽きる時が近づくと意識しだした方が炭鉱での事を語りだす事があるとのこと。今、記録を取らないと二度と証言を集める事は出来ないかもしれない。
危険と隣り合わせの炭鉱での仕事は、なかなか他人には言えない事も多いようで。何回も通ったりして人間関係を構築しながら、語りだした当時の様子を記録するとのこと。

歴史というのは、いわゆる権力者側からの記録が残りやすいが。実際に働いていた人の証言は貴重だ。

石炭という産業が無くなり、農地の面積が限られた夕張市は今後も人口が減り続け、おそらく南部の夕張メロンなどが作られる地域以外は人が住まなくなり。森に還っていくだろう。
そこに生きて来た人がたくさんいたという記録は、今生きている人が自分がどこから来たのかを知るために残しておく価値があると思う。
実際に働いていた人の証言がさらに集まる事を願う。

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