【コロナ危機】高熱で救急搬送されて医療危機の一部を見た

新型コロナウイルスよる肺炎によって「コロナ危機」となっていますが。
実際の現場を知る事はなかなかできません。それが、偶然にその現場の一部を見てしまう事になりました。
これは、救急搬送された本人の視点とその家族から伝え聞いた話で、あくまでも今起きている事のごく一部だという事と同時に。これは、おそらく日本全体、いや世界全体で起きていると思っても良いかもしれません。
このコロナ危機に対して、どうくらしていくかのヒントとして読んでいただければ幸いです。

ちなみに熱も下がり新型コロナのPCR検査は陰性がでました。おかげでこの投稿をかいてます。とりあえずほっとしています。
結論がわかった方が、読んでいる人にとって少しは心臓に良いかと思い書いておきます。


4月18日土曜日の夜、夜ご飯を食べ、相方は古くからの私と共通のネット仲間とZoom飲み会をしていたのですが、なんか体がだるくて参加せず寝てました。水分が欲しくなり台所に行きZoom飲み会のメンバーに手をふったりましたけど、だるかったので少し休んで風呂に入りました。
風呂に入ってしばらくすると、体がガタガタと震えだし止まらなくなり。これはヤバいと思って、風呂を出て電気温風機の電源を入れ、体を拭いて服を着ようとしたのですが、体が震えてパンツがなかなか履けない。なんとか服を着て寝床に入ったというのが、高熱の始まりでした。

19日、体調悪い。体温を測ると38度以上。食べ物を食べる元気がない。
家族は寝室を私一人にする体制にして、ポカリスウェットとミネラルウェーター、水枕を用意してくれた。時間経過があまり定かではない。市の医療相談は電話が混みあっていて、なかなか繋がらなかったようです。何度か電話して、ようやく繋がったら、近所のクリニックに行ってと言われたようです。
水分は、なるべく意識して飲むようにして、1回あたり500ミリリットルのペットボトルの1/4~1/3を飲もうと努力したのですが、一口のめたら上出来という時もありました。
熱は、39度台、40度台が出ています。
昨年、腎盂炎でそのぐらいの熱が5日続いたことがあったので。まずは、それを疑い、コロナウイルスによる感染症ではないと思いたいと思いました。

20日月曜日の早朝に救急搬送されました。

時間の感覚がわからないので、何時かとかわからないのですが、とにかく早朝に家族が119番しました。10分ほどすると救急車の音が近づき、家の周りをぐるっとまわりました。救急車といえども一方通行規制はまもります。家族は入院を覚悟して入院セットを用意してくれました。
マスクとゴーグルをした隊員が二人部屋に入ってきて、まず新しいサージカルマスクを戴きました。この時期、高性能のマスクは貴重品です。ありがとうございます。それから、家族に事情をききつつも、体温、脈拍、血圧などを計測し、救急車に行きました。幸い、ゆっくりなら歩けたので救急車のストレッチャーのところまで歩きました。小雨が降っていたように思いました。

救急車に載って、体を固定され、いろんな計測機器を接続されました。隊員さんは、これから搬送先を決めて、決まったらそこに行くとの説明をして。希望搬送先を聞きました。最初は去年入院した病院に掛けましたがだめでした。次は当番病院に掛けてもだめで4件目で病院が決定。
電話するたびに、救急車の所属、病状、バイタルデータなどを言ってしばらく受け入れ態勢の確認を待ち、ダメだったら、隊員さんは「こういうのが続きます。次掛けてみます」と言う。
私たちは30分近く動けなかったそうですが、8時間搬送先が見つからなかった事が他の地域であったらしいと後日聞きました。

幸い、わりと近くの病院が受け入れしてくれる事となりました。ハイエースの救急車のリアウインドウからなんとなく今どのあたりを走っているのかわかりました。意外とゴツゴツした乗り心地でした。

病院に到着しERの奥の方の小さな別棟の一室に担ぎ込まれました。椅子が何個かと小さなベッドがある部屋です。救急車のストレッチャーから子供用のベッドと思われるものに寝かされました。長さが160cmあるかないかぐらいで、身長178センチある私は余裕で足がはみ出します。その状態でマスク、ゴーグル、ヘアカバー、不織布で出来たガウンで身を包んだ看護師に点滴やら計測機器を接続されました。CTがあくまで待機。去年、40度の熱が出て入院した時に比べて、同じことをするにも手順が明らかに増えていて、装備も厳重になってました。

点滴に解熱剤が追加されたときに感じたのですが、点滴棒に点滴液の吊るし方が乱雑になっていました。それを見て、現場は混乱しているのだなと感じました。

家族は緊急搬送に関する手続きをするために別行動となっていたのですが、そこで病院が危機的状況になっていることを目にしました。手続きをしようと緊急窓口の入り口の方に行ったのですが、医療を受けたいという人が居座って中に入れなくなっていて、その人と病院の警備員とがもみ合っていたとのことでした。警備員はお願いすることはできても、それ以上できないので大変です。

私の方はと言うと、救急隊員から高性能のマスクを一つ戴いたのですが、病院からさらに高性能なマスクを一ついただきました。見た目より呼吸が楽でびっくり。点滴の解熱剤のおかげで体温も久しぶりの36度台となりちょっと楽でした。フル装備の看護師さんは別のタイプの医療用マスクをしていたのですが、話を聞くと息苦しくて辛いと言ってました。この「苦しい」「辛い」というのが医療者の本音なのかと思いました。

血液、CT、レントゲンは取れたのですが脱水症状のため尿検査は出来ませんでした。血液は両腕から合計6本とりました。CTやレントゲンには車いすで移動しました。
そして、部屋に戻るとPCR検査をすると言われました。綿棒の長いのを鼻から入れて、ちょっとちくっという感じでした。それを3回やりました。
PCR検査の結果は、2.3日後に連絡があるそうで、保健所から直接連絡がある場合は陽性、病院から連絡が行く場合は陰性であるような事を言われたように思いました。

それまで、これはコロナではないと信じていたのに、PCR検査を受けた時から、もしかすると新型コロナに感染しているかもしれない。もし感染していたらどうしよう。そういう事が頭をよぎり出しました。不安です。
これ、結果がわかるまで、続くんですよね。私だけでなく家族も。

抗生剤の点滴を打つことになり、アレルギー反応がないか、定められた時間に看護師が確認に来ます。ここで、アレルギー反応が出るとアドレナリン注射を打たれる事になります。とにかく問題が無かったので、そのまま点滴が続きます。

点滴と検査を受けながらかんじたのですが、医療廃棄物の量が半端ない。みるみる、バイオハザードマークのついたゴミ箱が満杯になっていくんです。報道で、医療用の物資が足りないという話がありますが。現場では、すごい勢いで医療廃棄物が増えて行く。そのことに恐ろしさを感じました。
マスクを病院でさらに高性能なものに変えてから、少し装備が軽くなったように見えましたが、それでも医療廃棄物が増えてゆきます。

私は結局、入院させてもらえず、自宅に帰って、自宅隔離することとなりました。

相方は入院を希望したのですが、検査はできてもこの病院には入院するキャパシティは無いと言われ、自宅治療をすることになりました。早く、検査が出来ただけでもヨシとするしかないのかと思いました。

発熱の原因は、尿検査が出来なかったのでという理由で教えてもらえませんでした。十分なインフォームド・コンセントが出来ない状態になってます。

病院は、いろんなものが混乱しているように見えました。いつもは違うのでしょうけど、家族に対し話がちぐはぐだったり、同じことを何度も聞かれたりしたようです。病院の会計は密集が発生する場所なのですが、会計はコンビニで支払うようにと言われました。もしPCR検査の結果コロナの陽性が出た場合は、いつまでも支払いを待つとも言われました。ちなみに、4月25日現在、まだ請求書が来ていません。医療事務も混乱しているようです。

薬をいただき、病院を出る事に、病院を出る時は定められたルートで出ないといけないことになってました。清潔ゾーンで医療スタッフが休憩する姿を見ながら出口に向かいました。横浜のクルーズ船内とかで清潔ゾーンを分けるという話がありましたが、まさにそれです。

さて、家にどのようにして帰るかです。看護師にどのように帰ればと聞くと、電車、バスはもってのほかという。じゃあタクシーはと言うとわからないという。とにかく病院にいなくて家に帰れということです。しかし、歩いて帰る体力もない。
ということで、いちかばちかで病院の前にいるタクシーと交渉。乗車拒否にあうのではと思ったのですが載せてくれました。ありがたいです。何かあった時の事を考え、領収書をいただきました。

21日火曜日の朝、解熱剤関係なしに熱が下がり36度台に。体力はないですが、平熱に戻りました。
抗生物質が効いているということは、新型コロナでない可能性が高いと感じだしました。ちょっとした希望です。味覚の障害も聴覚の障害もないですし・・・
さすがに、疲れたので寝ていて、夕方たぶん17時頃に、病院から電話がありました。現在の状況を伝えました。それと同時に、PCR検査陰性が伝えられました。

かなりほっとしました。その日の夕食で、ようやく食事が食べられるようになりました。

この日、電話から1時間ほどあとに市内で3人の新型コロナ感染者が出たと発表されました。近隣の政令指定都市では2つの病院内で院内感染によるクラスターが発生して病院の外来等の受け入れがとまっています。COVID-19はすぐそこまで来ています。

25日土曜日、病院からもらった抗生剤を飲み切りました。
高熱で速筋がやられたのか、ゆっくりしか歩けないのですが、疲れやすいですけどわりと歩けるようになりました。とりあえず無事です。ただし、高熱の原因が解らずのままです。

医療者に感謝。家族もね。


ツナミクラフトは、津波などの災害にあった地域の支援活動をしてきましたが、津波でも医療危機が発生します。地域の医療キャパシティを超えた状況が発生するということです。
実際には、いろんないろんな問題があって、地域医療の支援は難しいのですが、まだ外部から増援で乗り越える事ができる面があります。

しかし、今回のコロナ危機では、日本中、世界中で同時に発生しているために、外部からの応援が難しい状況があります。

こういう時こそ、地域の力が試されます。直接医療にかかわれなくても、医療の崩壊を防いだり、感染症を防止したりすることができます。

また、地域の力を支えるためには、個人が正しく情報を得て考えて行動する力が大切になってゆきます。緊急時に腹を括れるリーダーシップも大切ですが、リーダーが何か言うのを待って、目の前のことを見なかったり、考え行動することをしなかったら、防げない事もたくさんあります。
いま、民主的な基礎能力が試されています。

あなたのすぐ近くの医療が危機的状況であるとの前提で、いま自分たちはなにをするかを考え行動をするかを心がけていただければうれしいです。

これが、偶然、コロナ危機で医療が危機的状況になっているのを見てしまった者の想いです。