アブラからの緊急脱出。国を超えて猛威を振るう豪雨と命を守る決断

8月5日の夕刻、フィリピン・アブラ州(Abra)に緊急事態宣言が出されました。

台風14号(クジラ / フィリピン名:Maymay)の影響です。

昼前は天気が良かったのですが。
数日前の天気予報では、8月6日の午前9時頃に台風がルソン島北部に近づいているので気にはなっていたが、天気予報が当たった感じだ。

翌8月6日に予定していたアポイント先はアブラ州役場。しかし、災害対応のため通常の公務がすべて停止するとのこと。DOSTのスタッフさんが、急いでバス会社に連絡を入れると、「6日の午前中に2便だけ動かす予定だが、それも運行できるか分からない」という回答でした。

一歩判断が遅れれば、主要道路が途絶し、山間部に孤立してしまう。
頭をよぎったのは、2023年に手織りの里を水没させたあの猛烈な台風水害の記憶です。
この時は、アブラからカリンガ、アブラからイロコス地方に抜ける道が、がけ崩れで通行止めになったという。

「一刻の猶予もない。バス1便でも遅れれば、ここから抜け出せなくなるかもしれない」

急遽荷物をパッキングし、8月5日中にマニラへ避難することを決断しました。DOST ABRA(科学技術省アブラ州事務所)の所長さんが車を出してくださり、全員でバスターミナルへ駆け込みます。奇跡的に予定より早い便のバスに飛び乗ることができ、私たちは無事にアブラを脱出しました。

実はその数日前、バギオからアブラへ向かう移動中にも危機を感じていました。乗っていたバスが冠水した道路で激しい渋滞に巻き込まれ、トランクに預けていた荷物が濡れてしまっていたのです。東南アジアの車やバイクは日本国内のモデルよりタイヤが大きく冠水に強い仕様になっていますが、それでもなお危険と隣り合わせの状態でした。

夜を徹してなんとかマニラにたどり着いたものの、今度はスマートフォンの緊急警報が鳴り響き続けます。

 アブラからの緊急脱出。国を超えて猛威を振るう豪雨と命を守る決断

台風14号は、ゆっくりと東進しながらルソン島北部のイロコス・スール州〜ラ・ウニオン州沿岸に接近・上陸し、コルディリェラ山脈の険しい山岳地帯を横断しました。8月6日朝9時にルソン島北部で熱帯低気圧になりました。

熱帯低気圧になったといっても油断ができません。

台風本体の勢力自体は比較的弱かったものの、南シナ海から大量の湿った空気を引き込む南西モンスーン(ハバガット)を激しく刺激・活性化させました。

さらに東の太平洋上にいたスーパー台風と言われた台風13号(ドルフィン)との相互作用も加わり、湿った暖気がルソン島西部および山岳地帯へ絶え間なく流れ込む構造が完成しました。

ルソン島西部・山岳部(アブラ州・バギオなど)へは、様々な被害が発生。

8月6日〜10日のわずか5日間で、8月の月間平年降水量の50%〜100%を超える雨が集中して降りました(特にバギオなどでは1ヶ月分以上の大雨を記録)。

急峻な山々から一気に川へ流出した雨水により、アブラ川などの主要水系が氾濫。

山間部での土砂崩れや道路・橋の崩落・冠水が各地で多発し、アブラ州をはじめとする北ルソン各地で交通網の途絶、緊急事態宣言の発令、広範囲な停電・通信障害、避難勧告の事態となりました。

ネットニュースでは「台風の影響で飛行機が欠航し、800人に影響」との報道。そして、夜中のSMSで、その800人の中に私たちも含まれていましたことが発覚しました。

マニラでの延泊が決定。しかし、安全と思われたマニラ市内でも事態は深刻化していきました。

モンスーンの前線がルソン島中部〜南部まで覆ったため、マニラ市内でも激しい豪雨が続き、各所で深刻な道路冠水・都市型水害が発生。空港機能や交通機関にも重大な乱れが生じました。

豪雨によりホテルの周囲の道路には急速に水がたまり始めます。近くのファーストフード店で食事をとっているわずかな時間にも、水かさは増すばかり。ホテルへ戻るため歩道の上を歩きますが、すでに歩道まで水が押し寄せていました。ホテルの駐車場出口は完全に冠水し、ふくらはぎまで水につかる状態。ズボンの裾を固くまくり上げ、濁流を渡りました。

部屋に戻りGoogleマップを開くと、ホテルの周囲4〜5箇所が冠水による通行止め。明日、本当に空港へ行けるのかという不安がよぎります。

幸いにも翌朝には一部の通行止めが解除され、ホテルの手配してくれた車で無事に空港へ向かい、帰国することができました。

しかし、無事に日本へ帰国した後に目にしたのは、千葉県などを襲った激しい豪雨被害のニュースでした。死者まで出るほどの凄まじい水害に、言葉を失い、深く心が痛みました。

台風クジラ自体はフィリピン上で弱まったため日本へ直接上陸することはありませんでしたが、この時期太平洋高気圧のふちを回って日本列島へ流れ込んだ極めて強い湿った空気が、帰国後の8月中旬に千葉県などで発生した記録的線状降水帯・大規模水害の間接的な誘因となったと言われています。

フィリピンで直面した危機、そして帰国後に目にした千葉の被害。国境を越えて猛威を振るう異常気象の脅威を、これほどまでに身をもって実感した体験はありませんでした。

ツナミクラフトは、東日本大震災をはじめとする防災・減災、そして手織りをはじめとする伝統的な「なりわい」の継続をテーマに活動しています。今回の命がけの避難劇は、職人たちの「暮らしとなりわい」を守る以前に、いかに「命を守る防災」を日頃から組み込んでいくかという重い課題を私たちに突きつけました。

現地で助けてくださったDOSTの皆さんや関係者の支援に深く感謝するとともに、気候変動の最前線にある人々と手を取り合い、持続可能で安全な活動のあり方を今後も模索し続けていきます。

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