東山高志

ひがしやま たかし
社会教育士
ツナミクラフト 代表
特定非営利活動法人さをりひろば 理事
特定非営利活動法人アジアなりわいネット 理事
三陸さをりプロジェクト 言い出しっぺ
一般社団法人 協育支援ネットワーク 理事
アイデアイースト 代表
アジアなりわいネット アドバイザー

日本財団Canpanブログ大賞自伝賞(ポートレイト賞)受賞
元JICA-Net マルチメディア教材 制作ディレクター
元ビジュアルコミュニケーション推進協議会特別 会員
元テレビ会議ユーザーズフォーラム会員
元地球環境財団 草の根担当
兵庫県西宮市を拠点に、国内外の自然災害被災地における自立復興支援、アートを通じた心のケア、フェアトレード活動を展開する社会活動家。自身も1995年の阪神・淡路大震災の被災当事者であり、その経験が現在の活動の原点となっています。
専門的な知識を活かして地域課題の解決に伴走する社会教育士として活動するとともに、自由な表現を追求する手織り「さをり織り」の普及を担うNPO法人さをりひろばの理事、およびアジア各地の職人の自立を支えるNPO法人アジアなりわいネットの理事を兼任。JICA-Netの遠隔教育教材ディレクターとして開発教育のコンテンツ開発にも携わった経験により、映像やデジタル教材を活用して国際理解やSDGs、防災への関心を高める教育・啓発活動に尽力しています。専門性と強固な国際ネットワークを活かし、多角的な国際協力と地域活性化を牽引しています。
主な経歴と活動内容
- 大学時代
在学中から社会教育主事講習の単位を取得。学生時代より音楽・映像・舞台など多岐にわたる創作活動に没頭する傍ら、サークル活動や自主制作活動の支援(場づくり)を精力的に行う。 - 震災前のキャリア(企画・メディア・先進技術への関与)
1995年の震災以前は、民間企業で多角的なキャリアを形成。広告代理店やイベント会社では、行政(大阪市、大阪府)の環境イベントや社会福祉の啓もうプロモーションの企画・運営を数多く担当し、市民への啓発手法を体系的に学びました。また、神戸市灘区の印刷会社では、業界がアナログからデジタルへと移行する「印刷のコンピュータ化」のプロセスに深く関与。ビデオ&ブックの事業部にも籍を置き、映像や出版を掛け合わせたメディアコンテンツの創出を経験しました。この時期に培った「企画実行力」「デジタル・メディアへの知見」「福祉・環境への問題意識」が、その後の活動の大きな財産となります。 - 活動の原点(阪神・淡路大震災の経験)
1995年に阪神・淡路大震災を西宮で経験。その翌年(1996年)に東京勤務となり首都圏へ移る中で、被災地から離れた大都市の日常や温度差を肌で実感します。世間の関心が急速に薄れていく一方で、被災地側では「震災3〜5年目」に精神的な厳しさに直面するという構造的課題を見つめ、これが「支援の風化」を防ぐプロモーションを志す原点となりました。
コンピュータ雑誌の広告代理店勤務を経て、多くのIT企業と関わる中でインターネットの可能性に着目します。 フリーとして、企業サイト、ポータルサイト、携帯電話コンテンツなどのITベンチャーなどの当時の最前線に身を置きます。しかし、2001年の米国同時多発テロをきっかけに、人を不幸にしかねない情報技術への疑問や限界を確信するようになります。「技術の進歩の先にある、真の人間支援とは何か」を模索し始めたまさにそのタイミングで、開発コンサルタントからのJICA(国際協力機構)のマルチメディア教材作成に関わらないかとの打診があり、国際協力の現場へと大きく舵を切ることとなりました。 - JICA-Netから東北大学大学院(国際保健学・災害医療)への展開
2003年から2005年にかけて、JICA-Net遠隔教育教材ディレクターとして開発教育の教材開発に深く関与。長年の現地支援や国際協力の現場に根ざしたデジタル教材の発信に携わります。 その後、この活動を通じて築かれた縁をきっかけに、東北大学大学院医学研究科国際保健学分野に専門業者として深く関わるようになります。同分野では、大規模災害における医療支援のあり方や、医療の質・安全といった専門領域に関与。この経験が、のちの国内外での複合的な災害復興支援を支える強力なバックボーンとなりました。 - ツナミクラフトの設立とフェアトレードの展開(2005年〜)
2004年に発生したスマトラ島沖地震(インド洋大津波)をきっかけに、翌2005年より被災地支援団体「ツナミクラフト」を始動。タイ南部の津波被災地などで作られた織物作品などを、フェアトレード(公正取引)の精神に則って日本国内へ輸入・販売する仕組みを構築しました。 - 「さをり織り」を通じた心のケアと被災地間交流
2011年の東日本大震災以降は、岩手県沿岸部を中心に「さをり織り」を用いた被災者のストレス解消やコミュニティ作りの普及活動を展開。 タイでのフェアトレード活動、および東北での生きがいづくりの実践が高く評価され、2014年よりNPO法人さをりひろば理事として正式にその普及を担うこととなりました。
「たて糸は被災地、よこ糸はみなさん」をキャッチフレーズに、各地を巡回して1枚の布を織り継ぐ「被災地をつなぐさをり織り」プロジェクトを主導。国内外の多くの人々が参加したこの織物は数百メートルに達し、阪神・淡路大震災の追悼イベントや、世界津波の日に合わせて各地で披露されています。 - 社会教育と国際連携による「なりわい」づくり
令和2年(2020年)、法改正により「社会教育士」の称号が誕生。長年、民間という立場で地域社会や国際協力を「学びと協働の場」としてデザインしてきた活動が、名実ともに社会的に裏付けられることとなりました。
社会教育士として、地域住民が主体となった学びや協働の場づくりを重視。また、NPO法人アジアなりわいネット理事としてアジアの人たちと深く連携し、災害支援の枠を超えて、フィリピンやタイ、日本の地方における「なりわいづくり」やスタディツアーの企画、まちづくりのアドバイザーとしても幅広く活動しています。
経歴
1966年10月6日 兵庫県西宮市生まれ
技術屋の祖父、造形教育の専門家の両親の元で育つ。
追手門学院大学 文学部 社会学科 家族社会学専攻 1990年3月卒業
学生時代より、音楽、映像、舞台などの各種創作活動の傍ら、サークル活動、自主制作活動の支援を行う。大学在学中からアルバイトとして働いていたイベント会社に就職の後、出版社、広告代理店と勤める。
1995年 阪神淡路大震災被災
1997年 体調不良のため広告代理店を退社するが、インターネットブームに乗り独立し、フリーランスに。インターネットビジネスについて先進的な試みも数々経験。企業サイト、ポータルサイト、携帯コンテンツ等に関わる。
2003年 JICAの海外向けマルチメディア開発教材作成のディレクター就任
2004年 NPOレインボーのエコロジーシアターへ参加
2005年 ドキュメンタリー映像『STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか』製作。タイ南部津波被災地で生産した民芸品をフェアトレードの精神に基づいて輸入販売開始。2007年より[ツナミクラフト]ブランド開始。
2007年 ブログ「STILL ALIVE」が、日本財団のCanpanブログ大賞自伝賞(ポートレイト賞)受賞。
2009年 インド洋大津波5周年の全国巡回展
2011年 東日本大震災発生。タイからの救援物資対応の後、岩手県宮古市の津波被災者らとタイの津波復興の経験を生かした「三陸さをりプロジェクト」開始
2013年 被災地をつなぐ「さをり織り」”Cruise around Tsunami Havens”開始
2014年 特定非営利法人さをりひろば理事に就任
2015年 被災地をつなぐ「さをり織り」”Cruise around Tsunami Havens”阪神淡路大震災20年目の日に東日本大震災にちなんだ311メートルを突破
2018年 アートはみんなのもの 副代表
2019年 一般社団法人 協育支援ネットワーク 理事就任
2021年 アジアなりわいネットワーク アドバイザー就任
2022年 社会教育主事講習修了し「社会教育士」の称号を名乗れるようになる
2023年 アートはみんなのもの 脱退
2024年 アートラボゆめのはこ に関わる
2026年 特定非営利法人アジアなりわいネット 理事就任
