「忘」1.17・・・それ以前の問題?今更?

追悼行事「1・17のつどい」の会場である神戸市の東遊園地に、今年は「忘」という文字が描かれた。

私個人的に、この 追悼行事「1・17のつどい」 は、なんとなく違和感というか、あまり好きではないこともある。
一方で、会場となっている「東遊園地」に作られた「フラワーテント」と言われる、いろんなジャンルの音楽をやっている人が、被災地に音楽をとステージに立つ一か月限定の企画のライブステージには立ったことがあって。それがきっかけに、演奏ボロボロだったけど、一曲だけ山本リンダと共演できたわけなので「東遊園地」 には愛着はある。
トップの写真はフラワーテントで演奏した仲間と山本リンダさんを囲んで撮影した写真。1995年夏ごろ。

どうしても、かなりの確率で、ここに選ばれる文字に違和感を感じることが多い。
尊い命が失われたことへの想いは大切だけど。直接知り合いが亡くなったわけではないので。どことなく、申し訳なくて参加できない。

これは、私だけかと思っていたら。実はけっこういたことがわかってきた。
そんこともあって、独自に1.17のイベントをやっていたりしてます。

さて、話は戻って今年は「忘」という文字が描かれた。

いろんな被災地を回った経験として「忘れられてしまうのが怖い」という被災経験のある人が多いことは確かです。それは、そうとして、なぜ今「忘」という文字なのかです。

私には、忘れる以前の問題があると感じている。

神戸や阪神地区の人口の半分以上が、阪神淡路大震災を経験していない。生まれてない、記憶にない、他から転入してきた人。
忘れる以前に知らないです。

震災を経験した人は、特に全壊を経験した人は元の場所に住めた人は3割。半数以上の人が震災を知らないから阪神間のタワマンに住む。というか、元の場所に住み直す事が出来ないから、タワマンを作って移住者の購入資金で賄う計画で建設され。いざ元の場所でと店を再開したいと思っても。いくら減免があってもかなりの金額がかかり戻れなかったり。避難先で客がついて、戻ってもかつての常連は3割しかいない。だから戻るという判断が困難。
しかも、本当にひどい経験をした人は、怖くて高層マンションに住みたくない。そういう気持ちを無視するかのように再開発が進んだ。

住民だけでなく行政機関も教員もマスコミも27年が経過して人が入れ替わってしまっている。

そんななか、訳が分からず毎年恒例行事として行っている人も多いのではないだろうか。

忘れるなというのはもう物理的に無理がある。だって知らないんだから、忘れることはできない。新規住民に対して追悼しろと言われても、大変だったことはわからないでもないけど、口には出さないけど、なんで参加しなくてはいけないのかと思われ続ける。

身近に亡くなった方がいない方の抱える「どこか申し訳ない」という引け目が延々と取れないという悩みが放置されたまま。追悼行事が行われるたびに、その申し訳ないという引け目がぶり返してくる。

そこに「忘」という文字が、いまさらのように表された。
ここまで、読んでいてもわかるとおり。本当にわけわからないものがふつふつと湧いて仕方がない。なぜ、今なの。とっくに手遅れじゃないの。

「おかえりモネ」は、この「どこか申し訳ない」など、たまたま助かったりした被災者や被災関係者の持つ感情。そこをうまくピックアップした。

昨日、トンガの海底火山噴火による津波警報で、岩手県沿岸部の高校3年生の大学センター試験の影響が出た。岩手県沿岸部には4年制大学がないので、試験を受けた多くの生徒たちは、受験に成功するとこの地を去っていく。

あと3年もすれば、東日本大震災を直接記憶する若者が岩手沿岸部に住む若者がいなくなる。

災害を忘れて欲しくないのは被災者の願いではあるが。阪神淡路大震災の被災地より速いスピードで物理的に、その願いが急速に叶わなくなってくる。

災害を忘れて欲しくないのは被災者の願い 。だけど「忘れるな」と、たまたま体験することがなかった人に強要するのは。強要された側からすると迷惑な事だと思われても仕方がないような気がする。

さらに、被災者には、忘れたいという人もいる。
誰がどのようにして決めたのかが、いまのところ報道される情報の中では読み取ることができていないが。
共感できないなにかが、もやもやしてたまらない。

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