【緊急支援要請】待ったなしの避難生活。マヨン火山避難民に「さをり織り」で仕事を届けるプロジェクト
2026年、ふたたび牙をむいたマヨン火山
美しい円錐形のシルエットで知られ「ルソン富士」と言われるフィリピン・ルソン島アルバイ州のマヨン火山が、2026年に入り再び激しい噴火活動を続けています。
今年1月6日に警戒レベル3(マグマ性の不穏状態の緊迫)が発令されて以降、5月2日には大規模な溶岩流や火砕流、激しい降灰を伴う噴火が発生しました。フィリピン社会福祉開発省(DSWD)などの最新データによると、これまでに影響を受けた住民は10万人以上にのぼり、現在もなお約1,500世帯(5,000人以上)が、各地に開設された臨時避難所での不自由な生活を強いられています。
降灰は周辺の多くの地域を覆い尽くし、農作物の被害だけでなく、人々の日常の営みや「働く場」を瞬時に奪い去りました。

地域のコミュニティを壊さないように
避難前の地域ごとに家が近所になるようにしている
25年前の絆と、ある織り手の言葉
私たちツナミクラフトには、この地と忘れられない繋がりがあります。 今回の緊急事態を受け、私たちは25年ほど前の2001年マヨン火山噴火の際に現地で支援活動を展開した団体と連携し、再び立ち上がる計画を進めています。
以前、マヨン火山の麓にある都市・レガスピを訪問した際、私たちは現地の織り手の方々と出会いました。私たちのタイのスマトラ島沖地震での津波被災地や東日本大震災(三陸)での「さをり織り」による復興支援活動の話を伝えたとき、一人の織り手がぽつりと、しかし力強くこう言ったのです。
「フィリピンにも、あの時(避難時)に持ち運べるような小型の手織り機があったら、私たちはもっと早く、自分たちの手で仕事を再開できたのに……」
避難生活のなかで最も辛いことの一つは、支援をただ「待つだけ」の、生産性のない時間が続くことです。自分の手で何かを作り、それが仕事になるということは、生きる尊厳を取り戻すことに直結します。

本来なら織り機の正面から織るが、狭い場所のため横に座って織る
木製が欲しかったが、この地域では手に入らないためヤシの木で手織り機をつくった
ヤシの木の手織り機は2.3年しか持たないので、そのたびに作り直している
なぜ今、「小型の手織り機」なのか?
フィリピン国内でも、大型の高機(たかばた)の提供や指導者の派遣を検討する動きはあります。しかし、現在の避難拠点は非常に流動的です。火山活動の状況によって避難所を移動せざるを得ない段階では、大きくて重い高機は「避難生活が完全に安定してから」でなければ導入できません。
しかし、避難民の生活は「待ったなし」です。
だからこそ、日本やタイにある「小型の手織り機」の出番なのです。 卓上サイズで持ち運びができる小型織り機であれば、流動的な避難所のスペースでもすぐに広げることができ、万が一の移動の際にも一緒に抱えて避難することができます。
幸いにも、現場には条件が揃っています。
技術の現地伝承: レガスピには、すでに「さをり織り」を指導できる技術を持った障がい当事者の方々がいます。外部から講師を呼ばずとも、地元で講師を確保できる体制があります。
確かなパートナー: レガスピには、これまで手織物による仕事づくりの豊かな経験を持ち、地元のスーパーや売店などに食品や小物を定期的に卸している販売ルートを有している心強いカウンターパートナー候補が控えています。
私たちに、いま足りないもの
人と、技術と、仕組み、そして熱意。必要なピースはすべて揃いました。 唯一、どうしても足りないもの。それは、このプロジェクトを動かすためのお金(資金)です。
手織り機を現地へ届け、材料となる糸を調達し、現地の織り手や講師の活動を支えるための資金調達が一刻を争う急務となっています。
ただの物資配給ではない、避難民の方々が自らの手で未来を織り成すための「仕事づくり」です。マヨン火山の被災地に、いち早く織り機の音と笑顔を届けるため、どうか皆さまの温かいご協力・ご支援をお願いいたします。
協力を検討いただける方、ご寄付を抱ける方に対応する準備をしています。
引き続き、ツナミクラフトのサイトを確認してください。
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